桜の花びら

4/6
前へ
/91ページ
次へ
「匠さんはいつも私のことを心配してくれて、応援してくれて、心を温めてくれていました。自分は余命宣告を受けているのに、私に生きる力を与えてくれたんです。だから……私がもう大丈夫だよって、これからも強く生きていくからねって伝えないと、匠さんは安心して天国に行けないんです! お願いします、私に時間をください!」  ドクターの足元に、顔が近づく。  腰がこれ以上曲がらないくらいまで、頭を下げた。  匠さんに見せなければいけない認定証を握りしめたまま、ドクターが良いって言ってくれるのをひたすら待つ。否定されても、何度でも立ち向かうつもりだ。  すると、困ったように「うーん」と唸っているドクターに対して、今まで黙っていた風太君が口を開いた。 「先生、俺からもお願いします。俺は……こいつに兄貴を任せました。こいつは、俺たち家族の誰よりも、兄貴の死と向き合っていたんです。だから、最後の時間を過ごす権利は、こいつ……いや、樺山にあります」  加担してくれた風太君に驚いて、顔を上げてしまった。  風太君は、私が頭を下げていた角度と同じくらい腰を折って、ドクターに頼み込んでくれている。  ドクターも、まさか風太君がそんなことを言うとは思わなかったのか、少し動揺しているみたいだ。 「弟君、本当にそれでいいのかい? 匠君と、もう話せないかもしれないんだぞ?」 「構いません。両親も同じ意見だと思います」  ご両親まで、私の味方なのか。  それが本当かはわからないけど、背中を押してくれた風太君の姿に、またしても涙腺が緩んだ。  二つの視線を集めたドクターは、納得したように顎を引いて、私の肩に手を置く。  優しい声で「何かあったらすぐに呼んでね」と言うと、白衣をなびかせて長い廊下を歩き出していった。  匠さんの待つ病室の見通しが良くなって、改めてその時が来たんだと認識できた。 「兄貴のこと、よろしくな」  病室に入る前の私に、風太君は一言かけてくれる。  もちろん、匠さんが安心して天国にいけるように、私が責任を持ってこの時間を過ごすつもりだ。  これまで以上に気強い顔を見せて、病室に入る。  風太君は私が病室に入ったと同時に、そっと扉を閉めてくれた。  相変わらず目を閉じている匠さんに、ダメもとで声をかけてみる。  一度だけ「匠さん」と呼ぶと、数ミリだけ首が動いたのが確認できた。  嬉しくなって、もう一度名前を呼んでみると、今度は片目だけを薄っすらと開けてくれる。確かに、私の声が届いている証拠だ。  今までずっと握っていた認定証を匠さんの顔の前に持っていきながら、合格したことを告げる。 「匠さん、私合格しましたよ! セラピストになれました! 褒めてください!」  匠さんの口元がフフッとニヤついて、懸命に声を振り絞ろうとしている。  それを聞き逃さないように、口の動きを観察しながら、全集中力を聴力に注いだ。  唇を震わせながら、言葉にしてくれようとしている匠さんを見ながら、力ない声を何とか聞き取る。
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加