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「サロンってあんまり来たことないけど、すごいオシャレなのね」
母は私がデザインした造りだと思っているみたいだけど、実際に考えて作ったのは匠さんだ。
まあ、実の娘のセンスだと思ってくれた方が良いし、それについて訂正する必要はない。
大きな声で「まあね」と言って鼻を伸ばすと、風太君の方から痛い視線が飛んできた。
慌てて話を切るように、違う話題を母に振る。
「そ、そういえば、今日仕事じゃなかったっけ?」
「え? まあそうだったけど、最近仕事で立ちっぱなしが多くてさ。腰が痛いなって思ってたところだったのよね。栞がサロンオープンするって聞いて、いい機会だなって」
「だから仕事休んで来てくれたのか」
母が腰を痛めていたなんて、初耳だった。
ただサプライズをしたいがために来てくれたとは思ってなかったけど、そんな理由があったのか。
母は清掃業だから、疲労が溜まりやすいのは知っている。
別に家に帰った後でいくらでも施術してあげるのに、わざわざサロンで受けてくれるなんて。
その優しさが嬉しくて、セラピストとして最上の施術をプレゼントしてあげたいという気になれた。
「じゃあ、このリクライニングチェアに腰掛けて」
「ようやく、栞の施術が受けられるのね」
いよいよ、プロとして初めての施術を行う時が来た。
腕まくりをして気合を入れると、全身の力が私の指に集まっていくような感じがする。
風太君は私がやる気になっているところを見届けた後に、自転車に乗ってどこかへ行ってしまった。おそらく、地域の人たちにチラシを配りに行ったのだろう。
親子水入らずになったけど、これは仕事だということを、忘れないようにしないと。
「それじゃあ、施術始めるね。足を伸ばしてください」
こんな仕事をしない限り、母の足を触る機会なんてなかっただろう。
もしかしたら、母の足に触れるのなんて、生まれて初めてかもしれない。
予想以上に綺麗な足をしていることに驚きながら、心地良い刺激を意識して、指圧を加える。
「あー、いい感じ。栞上手なのね」
「本当? 良かった」
温泉に浸かっている時のような、極楽感を味わっている顔を私に見せてくれる。
私は母に褒められると、つい調子に乗ってしまうところがあるから、注意しないといけない。
もう立派な大人になったわけだから、落ち着いて行動しないと。
「そこ、すごいゴリゴリしてるわね」
「ここは踵周りだね。踵は腰と反射しているんだよ」
「やっぱり? 最近腰痛が酷いからさ、絶対反応あると思ったわよ」
母の一番のお疲れポイントである、腰の反射区を念入りに刺激する。
踵周りはゴツゴツと硬くなっていて、私の指圧も入りづらくなっていた。
それでも、生前の匠さんから習っていた通り、温めるようにしてパワーを送り込んでみる。
少しずつ凝りがほぐれていくと、母の体から余分な力みが消えていくようだった。
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