ニグフバ

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ニグフバ

 誰かが何かを言っている。それは言葉なのだが何重にも重なり一つ一つを聞く事はできない。ただ全ての声は苦しんでいる様子なのはわかる。ノイズのような雑音と、色とりどりの積み木をぐちゃぐちゃにかき混ぜたかのような歪さ。散々呻き喚いて騒がしい中、突然ピタリと止まった。無数の気配が、目がこちらを捕らえる。 ――ユルサナイ――  そんな声が聞こえ、闇が自分を飲み込む。体中をバラバラにされるような苦しみ、痛み。心が蝕まれていく。すべてが、引き裂かれる。そこで目が覚めた。  背にはびっしょりと汗をかき息が荒い。時計を見れば夜中の二時頃、それほど眠れていない。  何気なく窓のほうに目をやれば窓には無数の手の跡がついていた。子供、大人、大小様々な大きさの手形。それを見て心底うんざりし、とりあえず汗を流そうと風呂場へと行く。服を脱ごうとしたが、ふと嫌な予感がして風呂場のドアを開ける。すると案の定そこにも無数の手形、こちらはご丁寧にも血のような液で手形がついている。  普通の人間なら悲鳴を上げているところだが、こんな事は慣れっこだ。眉間に皺を寄せてドアを閉め、面倒なのでもうそのまま寝ることにした。  ベッドに横になり天井を見ればこちらにも黒いススのような手形の汚れがいくつもついており、それを眺めながらポツリと中嶋聡は呟く。 「……引っ越したい……」  ヒマだったので行ける範囲を散歩して事務所に戻ってきた一華は出勤してきた中嶋を見つけ、声をかける。彼が見ていたのはマンション、アパート情報の載っている雑誌だ。 『おはよーございます。何ですか、引っ越すんですか?』 「良い場所があればすぐにでも引っ越したい」  返事をする中嶋の顔は真剣だ。鬼気迫るものがある。 『隣の人が煩いとか?』 「いや、隣人は静か。人間じゃない奴が煩い」  目が完全に据わっており、人間ではないものというのが犬や電車などではないなとわかる。そもそも相手が物や動物だったら中嶋の性格を考えれば自分で対処しそうだ。
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