深愛

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奈波(ななみ)、今どこにいるんだ?」  陽の光が差し込む図書室の本棚に背を預けて、スマホを耳に当てると、俺は静かに問い掛けた。   「……私は今から、生徒会の会議よ」 「そっか、そうだったね。ごめん、ちょっと声が聞きたくなってさ」 「……」  奈波からの返答はない。会話は途切れてしまうけれど、ほんの少しの甘い言葉で黙ってしまうこの性格は嫌いじゃない。  中間テストの日から付き合い始めてそろそろ一ヶ月。近頃は精神的な負担が重なったとかで心療内科に通い始めたそうだが、内向的でクールな性格は変わらない。そんな奈波が俺は心底かわいいと思える。  奈波がくれたシャーペンを右手で回しながら、ふたりにしか分からない心地良い空気感に身を委ねていると、低い声が響いた。 「あ……彰人(あきと)君は、今どこにいるの?」  照れた様子だけれど、相変わらず抑揚のない声は、電話越しだと少しだけ身構えてしまう。お互いにまだ緊張しているのだろうか?  それでもこの声が聞きたくて、夜は何度も電話してしまうのだから不思議だ。 「俺は図書室だけど、今から帰ろうかなあ……なんて」 「そう……」  語尾が霞むような、淋しげな声が気に掛かる。 「どうかした?」 「いえ、その……今日は会議が早めに終わりそうだったから」  低い声が小さくなった。奈波が肩を落としている時の声だ。真面目で嘘が付けず、猫のようにつんとしていて、素直じゃないのに甘えてくるようなこの仕草が堪らない。 「あー、それなら教室で待ってようか?」  元気付けるように、わざと明るい声を出した。 「……いいえ、彰人君はもう帰るとこだったのでしょう? 遠慮しておくわ」  気遣うような言葉に、諦めの色が滲んで見える。 「そうか、なら先に帰ってるよ」  気を遣わせないためにも、俺はそう伝えた。 「ええ……そうして頂戴」  冷たいようで温かい、奈波の優しさを噛み締める。 「会議、頑張ってな」  僅かな静寂が俺たちを包み込んだ。 「……ありがとう。それじゃ」  電話を切ると、胸ポケットにシャーペンを仕舞い、俺はもう一度本棚を物色した。  成績は常に学年トップを維持しながら、同時に生徒会の仕事もこなして多忙な日々を過ごしている奈波の心を少しでも癒してやりたくて、心理に関する本を漁っていたのだが、高校の図書室で大した情報は得られなかった。
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