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1 前兆
― これは、私が彼と出会うきっかけになった物語 ―
街と呼ぶには申し訳ないくらい、片田舎にある「ベロニカ」。私は生まれた時から17年間、一度もこの街を出たことは無い。今日も父の言いつけで、青空の下で栗毛色のおさげ髪を揺らしながら、父のお酒を買いに酒屋へと向かって歩いていた。
「全く…父さんたら…母さんがいなくなってから、すっかり府抜けた状態になっちゃって…」
「おーい!ローザッ!」
ぶつぶつ文句を言いながら歩いていると背後で幼馴染のジャックの声が追いかけてきた。
「何?ジャック」
ジャックはそばかすが目立つ赤い巻き毛の少年だ。走って来たのかハアハアと息を切らせながら隣に並ぶと一緒に歩き始めた。
「ローザ、親父さん…相変わらずなのか?」
「うん…駄目ね。あれ程腕の良い銀細工の職人だったのに…お客さんの注文だって入っているのにちっとも父さんが働いてくれないから、私が代わりに造っているんだからね」
「へ~…すごいじゃないか、ローザ」
ジャックが目を丸くして私を見た。
「あ!ちょっと…今の話は絶対に内緒だからね?分った?!」
「わ…分かってるよ…。あ、あのさ…ところでローザ…」
ジャックが突然モジモジしながら私を見た。
「何?」
「来週、収穫祭の祭りがあるだろう?お、俺と一緒に遊びに行かないか?」
「来週…」
う~ん…そう言えば収穫祭の翌日は銀の燭台の納品日だったっけ…。
「ごめん、行けないわ」
「ええっ?!そ、そんな…即答かよっ!」
相当ショックを受けたのか、ジャックは足を止めてしまった。
「うん、その翌日は商品の納品日なのよ。遊んでいたら間に合わないもの」
「ちぇっ…ローザの親父さん…早く立ち直ってくれればいいのにな」
ジャックは寂しげに言う。
「仕方ないよ。それにうちだけじゃないしね…」
私がポツリと言うと、ジャックも真剣な顔つきになる。
「そうだよな。ローザの母さんで…この町で行方不明者が出るのは25人目だしな…」
「うん…」
そう、ここ「ベロニカ」では3カ月ほど前から町の住人たちがある日突然行方不明になる事件が勃発していた。最初は若者が多かったので、この町に嫌気がさして出て行ったのだろうと言われていたけれども、いつしか老若男女問わずに人々が忽然と、まるで神隠しにあったかのように姿を消し始め、ついに町の警察署が捜査に乗り出し始める事態になった。
けれども未だに犯人の目星がついていない。
「ローザ、お前…絶対に行方不明になんかなるなよな?」
神妙な顔つきでジャックが言う。
「やだな~突然何言い出すの?大丈夫だってば!あんな状態の父さんを残していなくなるはずないでしょう?そういうジャックだっていなくならないでよ?もうこの街に残る同級生はジャックだけなんだから」
この街にはハイ・スクールが無い。だから友人たちは皆別の町へと行ってしまった。残ったのは進学しなかった私とジャックの2人だけであった。
「ああ、分ってるって。お前に内緒でいなくなったりするもんか」
いつの間にか私とジャックは話をしながら町の中心広場まで歩いていた。中心広場の真ん前にはこの町の町長さんの屋敷が建っている。3階建ての白い壁に赤い屋根のそれは立派なお屋敷で、私達「ベロニカ」に住む人々の憧れの屋敷でもあった。
アーチ形の立派な門構えの屋敷をみながらジャックが言った。
「そう言えばさ…このお屋敷にずっと身体の弱いお嬢様が住んでいたよな?」
「そうね?会ったことは無いけれど」
「いや、それが実は俺…3日程前に初めて会ったんだよ。あの門からこっちをじっと覗いていたんだよ」
ジャックは門を指さしながら言った。
「へ~どんな人だったの?」
「金の髪の…ものすごい美人だった」
「…そっか」
「でも…何だか背筋が寒くなったな」
「え?そうなの?」
「ああ。出来ればもう二度と会いたくはないな」
ジャックは顔を青ざめさせていた。何だか妙だ。ジャックは子供の頃から度胸があり、真夜中に墓地だって1人で行けるくらい肝が据わった男なのに。
「ジャック…」
そこまで話した時、私の目的地である酒屋に到着した。
「あ~残念だったな。もっと話したかったけど。それじゃ、俺もこれから仕事だから」
ジャックは町の食堂で働いている。酒屋の隣がジャックの職場なのだ。
「うん、それじゃあね」
ジャックは笑顔で手を振る。
「うん、又な」
私とジャックはここで別れた。そして、これが私がジャックを見た最後の日になってしまった―。
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