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9 感じる視線
結局その夜、怖くて一睡も出来なかった私は彼の傍で床に座って一晩を過ごした。
翌朝―
「う…ん…」
寒くて身じろぎした時、私は誰かに寄り掛かって眠っている事に気が付いた。
「あ、目が覚めましたか?」
不意にすぐそばで声を掛けられ、顔を上げるとまつげが触れ合う程の至近距離で私を見つめている彼の顔があった。
「キャアアアッ!」
私は思い切り彼を突き飛ばし、彼は床の上に倒れてしまった。
ゴンッ!
その時鈍い音がした。どうやら彼は突き飛ばされたはずみで頭を強打してしまったらしい。
「ううう…ひ、酷い…いきなり何するんですか…?」
頭を押さえながら彼は起き上がって涙目で私を見た。
「う、う、うるさいわねっ!そ、そういう貴方こそ、寝ている私に何したのよ!このスケベッ!」
「そ、そんな…スケベなんて…何も僕はしていませんよ。そもそもローザが怖がって僕から離れないから2人で床に座って夜を明かしたんじゃないですか…」
彼は恨めしそうな目で私に言う。
「確かに言われてみればそんな気がしないでもないけど…?うん…?」
私は自分の服の匂いをクンクン嗅いでみた。…何これ、臭い…。いや、それ以前に私よりも強烈な匂いを発しているのが彼だった。
「ちょ、ちょと!何でそんなに臭い身体をしてるのよっ!」
私は後ずさり、鼻を押させると言った。
「あ…これは昨夜『ブギーマン』の死霊と戦った時に…体液がかかってしまったみたいですね…」
「ちょっと!臭いから洗ってあげる!父さんの服があるから乾くまでそれを着ていてよっ!」
クローゼットから父さんの服を引っ張り出しながら彼に命じた。
すると…。
「え…?法衣を脱ぐ…?だ、駄目ですっ!絶対にこの法衣を脱ぐことは出来ませんっ!」
「何でよっ?!洗って上げるって言ってるでしょっ?!ついでにこの家の裏に川が流れているから水浴びしてきてよっ!」
「そ、それなら水浴びしながら自分で法衣を洗ってきます!それでいいでしょう?」
何故か彼は必死で法衣を私が洗うのを拒んでくる。
「分かったわよ…なら自分で洗ってきて」
ついに妥協した私は固形石鹸とタライを渡しながら言う。
「ありがとうございます」
彼はタライと石鹸を受け取ると言った。
「絶対に…絶対に覗かないで下さいね?」
プツン
そこで私の我慢が切れた。
「誰が覗くか~ッ!!さっさと行って来なさいよっ!」
「は、はいっ!」
彼は私の剣幕に驚いたのか、逃げるように外に飛び出して行った。
「全くもう…人の事を何だと思っているのよ…!」
荒い息を吐きながら時計を見ると8時を過ぎている。
「朝食の準備でもしていようかな…」
****
「遅い…」
細工の加工の仕事をしながら時計をチラリと見た。時刻はもう12時をとっくに過ぎている。
「これじゃ、朝ご飯じゃなくてお昼ご飯になっちゃうじゃないの…」
ぶつぶつ言いながら仕事を続けていたが…。
ガタン
不意に外で大きな音が聞こえた。
「ん?帰ってきたのかしら?」
しかし、一向に中へ入ってくる気配がしない。
「もう…何してるのかしら?」
ガタンと音を立てて椅子から立ち上ると私はドアへ向かった。
「何してるのよ、入って来なさいよ」
言いながらガチャリとドアを開けても、外には誰もいない。
「え…?気のせい…だったのかな…?」
しかし、次の瞬間…私は背筋が寒くなるような視線を感じた。本能的に悟った。何か恐ろしい物がこちらを見ていると…。
「な、何よ…?まさか私を狙ってるつもり…?」
恐ろしくなった私はスカートを翻し、川で水浴びをしているはずの彼の元へと走り出した―。
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