10 町長の娘

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10 町長の娘

 脱兎の勢いで川原へ走ってきた私は辺りをキョロキョロ見渡してみた。 家の裏を流れる川は幅が3m程。深さも私が中に入って肩が出る程の深さしかない穏やかな川だ。 周囲は林に囲まれ…ちょうどよい具合に川付近には大きな岩がゴロゴロしているので、誰か水浴びをしている姿も見られる事は無い。 けれど今回はそれが裏目に出てしまった。川に水浴び兼、洗濯をしにやってきたはずの彼の姿が見当たらないのだ。 「全くもう…何処に行っちゃったのよ…」 キョロキョロしながら歩いていると、大きな岩の上に洗ったとみられる彼の法衣が張り付けられていた。法衣の上にはところどころ石が乗っけられている。多分風で飛ばされない為だろう。でも彼の法衣がここに干されていると言う事は…? 「ねえーそこにいるんでしょう?出てきてよーっ!」 声を張り上げて彼を呼んだ。すると何処からもなく風に乗って彼の声が聞こえてくる。 「ま、まさか…ローザッ?!な、何故ここに来たのですかっ?!」 明らかに動揺した彼の声が聞こえてくる。なのに不思議な事に彼の姿が見えない。 「何故って…貴方がいくら待っても戻って来ないからでしょう?!それだけじゃないわっ!な、何だか家のすぐ傍で奇妙な気配を感じたのよっ!だ、だから…怖くなって貴方を呼びにきたのよっ!ねえー出てきてよっ!」 すると…。 「だ、駄目ですっ!ローザッ!貴女がそこにいる限り…僕は川から出られません!出て欲しければ…お願いですから何処かへ行って頂けませんかっ?!」 切羽詰まった声で彼が言う。 「な…何よっ!男のくせに…そんなに裸が見られるのが嫌なわけっ?!」 「はい、嫌です」 きっぱり言い切られてしまった。 「あ…貴方…もしや…私に襲われるとでも思っているわけ…?」 声を震わせて尋ねると、しばしの沈黙の後に彼が答えた。 「…ええ、そうですね」 「はあ~っ?!」 これには流石に切れそうになってしまった。 「わ…分かったわよっ!家に戻るわよっ!戻ってブギーマンとやらに襲われてやるからっ!」  半ばやけになって捨て台詞のような言葉を吐いた私は怒り心頭で家へ戻って行った。 …しかし、この時私はのちにあんな言葉を吐いたせいで、死ぬほど後悔することになるとは思いもしていなかった―。 **** 「全く…あいつったら…!人が助けを求めているって言うのに何なのよ…っ!」 プンプンしながら銀細工の仕事の続きをしていると、不意に扉がノックされる音が聞こえた。 コンコン 「戻って来たわね…?」 ガタンと席を立つと、私はずかずかとドアに向かって歩き…ガチャリとドアを開けた。 するとそこに今まで見たことがない美しい女性が立っていた。 金の長い巻き毛に青い瞳、真っ白な肌の女性は私を見ると優雅に笑う。 「あ、あの…どちら様ですか?」 「私はこの街の町長の娘でアメルダって言うの。実は以前こちらで頼んでおいたシルバーリングが出来ているか訪ねてきたのだけど…」 シルバーリングは父さんが受けていた依頼の品で、私が引き継いでいる仕事だった。 「あ、すみません…。実はもうほとんど出来上がっているのですが…最後の仕上げの研磨をしないといけなくて。すぐに終わるので、もしよろしければ中でお待ちいただけませんか?」 私はアメルダさんを招き入れた。 「ええ、そうね。ではそうさせて頂こうかしら?」 アメルダさんは部屋の中に入って来た。 「ではこちらの椅子に掛けてお待ち下さい」 私は部屋のベンチにアメルダさんを座らせて、再び作業に映った。 キュッキュッ… 研磨剤を付けて、クロスで拭いて磨き上げていると背後にアメルダさんが近づいてくる気配を感じた。 「へえ~…流石…貴女とてもお上手ね…?」 背後から声を掛けられた。 「あ、ありがとうございます…」 アメルダさんの異様な距離感に戸惑いつつ、返事をした。すると不意に耳元で囁かれた。 「ねえ…貴女…ブギーマンに襲われてもいいのよね…?」 「え…?」 その言葉と同時に私はアメルダさんに布で口を塞がれ…意識が暗転した―。
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