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13 戦いの終わりと旅の始まり <終>
窓ガラスを割って侵入して来る異形の者達をこの目で見た瞬間、あまりのショックで私は意識を失ってしまった―。
ザシュッ!!
強烈な異臭と、何かを切り裂くような音に私の意識が徐々に戻って来た。
「う…」
気付けば床に倒れていたようで頭をブンブン振りながら起き上がり、目の前に目玉が無い、枯れ木のような肌をした死霊が倒れているのを見て絶叫してしまった。
「キャアアアッ!!」
すると…。
「ローザッ!良かったっ!意識を取り戻したのですねっ?!」
彼の声が教会に響き渡った。
「え…?」
見ると彼は死霊が山となって倒れている場所で何者かと戦っている姿が目に入った。その生き物は彼の3倍はあろうかと思われる巨体に金の長い髪を振り乱し、全身はまるでカエルの肌の様にぬめぬめとしている。
巨木のような腕を振るう度に身体にまとわりつく液体が床に飛び散り、ジュウジュウと煙を立てて床に穴が開く。
「く…っ!」
その飛散る液体のせいで、彼は容易に近づけない。きっと…あれが恐らくブギーマンなのだろう。
彼は剣で液体を弾き飛ばし、何とかブギーマンの懐に飛び込もうとしているように見えた。特殊な加工がしてあるのだろう。その剣は液体に触れても溶ける事は無かった。
その時…。
「ガッ!!」
突如ブギーマンが鋭い爪を振りかざし、彼の胸を切り裂いた。
「グアアアッ!」
彼の胸から激しく血が飛び散る。さらにそこをブギーマンが彼の右腕を切り裂いた。
ザシュッ!
「ウアアアッ!!」
右腕から鮮血が飛び散り、彼はガクッと膝をつく。
『どうだ…先の死霊との戦いで体力を使い切ってしまったのだろう…?おとなしくもう一度我らの仲間となるか…餌となれ…』
ブギーマンが彼に語り掛ける。
「う…あ、あいにく…僕は仲間にも餌にもなる気は無くてね…」
荒い息を吐きながら、青ざめた顔で彼はジロリとブギーマンを睨み付ける。けれども息も絶え絶えで、剣を支えに立っているのがやっとに見えた。
「ねえっ!しっかりしてっ!」
思わず私は駆け寄ろうと立ち上がった時―。
「来るなっ!」
彼が突然大きな声を出した。思わずその声に足を止める。
「こ、来ないで下さい…」
彼は青ざめた顔で肩で息をしながら私を見ると、苦しげな笑みを浮かべた。
「い…いいですか…ローザ…。今から起こる事…驚かないでくださいね…?」
息も絶え絶えに彼は言うと、いきなりロザリオを外すと私に投げつけてきた。
「そ…それを受け取って下さいっ!」
慌てて私は空中でロザリオをキャッチした。それを見届けた彼は次に自分が見に付けていた法衣を一気に脱ぎ、肌着姿になった。彼の肌着は血にまみれて真っ赤に染まっている。
「な、何て酷い傷なの…」
その途端…
メキメキメキメキ…ッ!
彼の身体が物凄い音を立てて、彼の肌がごつごつとした岩の様な肌になった。
ボコン
ボコン
更に身体から奇妙な音が出たかと思うと、身体が巨人の様に大きく膨れていく。
「あ…」
そ、そんな…嘘でしょう…。
彼はまるで眼前で戦っているブギーマンのような姿に変わってしまったのだ。
「ま…まさか…人じゃなかったの…?」
彼だった化け物は激しい咆哮をあげ…ブギーマンに向かって突進していった。そして拳を振りあげ…。
ボンッ!!
一瞬でブギーマンの身体を拳が貫通した。
ギャアアアアアッ!!
激しい叫び声を上げたブギーマンは身体から黒い煙を噴き上げ…そこから一筋の光が飛び出し、彼の身体に吸い込まれていく。ブギーマンは煙りの如く掻き消えてしまったが、彼の変身が解けない。
「グアアアアアゥッ!」
頭を抱えて苦しげに暴れまわる姿は見ていられなかった。
「ど、どうしよう…どうすれば元に戻るのっ?!」
その時私は彼が投げつけてきたロザリオを握りしめていた事に気付いた。
「そうだ!これをまた渡せば…!」
うまくいくかは分らなかったが、私は攻撃が届かないギリギリまで傍に近付くとロザリオを彼に向かって投げつけた。
すると運よく彼の身体にロザリオが触れた。
「…?」
化け物になった彼は不思議そうにロザリオを握りしめた途端、身体がグングン急激にしぼんでいく。
「うまくいったの?!」
床に落ちていた法衣をかき集めて彼の元へ行くと、身体は元の大きさに戻ってはいたが、外見だけはブギーマンの姿だった。
ひょっとして…この法衣は彼を人間の姿にとどめておくためのアイテムだったのだろうか?苦し気に荒い息を吐いている彼に法衣をそっとかけてあげた。すると一瞬彼の身体が光に包まれ、眩しさのあまり目を閉じた。
すると…。
「ローザ…」
彼の声が聞こえてきた。
ゆっくり目を開けると、肌着姿の彼が法衣を羽織って私をじっと見つめていた。
「ありがとう、ローザのお陰で人間に戻ることが出来ました」
そして彼は法衣を着用すると言った。
「僕は先ほどの戦いで名前を思い出しました。僕の名前はトビーです」
「トビー…」
「僕は自分の事を全く覚えていません。ブギーマンに襲われて死にかけていた僕を救ってくれた神官様がこの法衣とロザリオをくれたんです。これを身に着けていないと僕は自分を見失ってしまいます。いつもなら自分の体力が付きるまで暴れまわっていたのに、今回ローザが僕にロザリオと法衣を返してくれたのですぐに元に戻れました」
「トビー」
私は彼の名を呼ぶと、トビーは笑みを浮かべると立ち上がった。
「ローザ。この町はもう安全です。僕は今から次の街へ行きます。そこには新たなブギーマンが潜んでいます。神官様が言ったのです。全てのブギーマンを倒せば、僕がブギーマンに掛けられた呪縛が解けるだろうと。だから…ここでお別れですね」
「え…?行っちゃうの…?」
すると彼は私を振り向くと言った。
「はい、もうこの街のブギーマンはいません。人々の命が脅かされる事は無いでしょう。ローザ?どうしました?」
彼は私が俯いているのに気づき、声を掛けてきた。
私は家族を失ってしまい。1人になってしまった。そして…彼もまた去ろうとしている。
「ねえ…!」
気付けば私は彼の襟首をつかんでいた。
「な、何ですかっ?!」
彼は驚いたように私を見る。
「さっき…私のお陰ですぐに元に戻れたと言ったでしょう?」
「え?ええ…確かに言いましたけど…?」
「なら…私は役に立つよ!お願い!戦い方を覚えるから…トビーの相棒にさせてよっ!」
「ええええっ?!で、でも…」
尚も言いよどむ彼に私は言う。
「駄目って言っても…例え地の果てだってついていくって決めたからねっ?!何があっても絶対に離れないって決めたからっ!」
私は彼の襟首をつかんだまま、視線を外さない。
「…」
彼は黙って私を見ていたが…やがて言った。
「その分じゃ…僕が何を言ってもついてきそうですね…?」
「ええ!当然よ!」
「危険な事がつきまといますけど…本当にいいんですね?」
「覚悟の上よ」
「分りました。それでは一緒に行きましょうか?次は…南に向かいますけどいいですか?」
「もちろんよっ!」
私と彼は握手を交わした。いつの間にか夜が明け、眩しい太陽が辺りを明るく照らし始めていた。
「どうします?家に寄って…荷造りでもしていきますか?」
彼は私に尋ねてきた。
「ううん、何もいらない。このまま行きましょう!善は急げよ」
「では、共に参りましょう、ローザ。これから僕の相棒として宜しくお願いします」
彼は私に微笑むと言った。
「ええっ!それじゃ…南に向けて出発ね?!」
「ええ。そうですね」
トビーは笑みを浮かべて私を見る。
こうして…私と彼のブギーマン討伐の長い旅が始まった―。
<終>
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