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5 記憶の無い彼
「ふう…」
チン…
神官は剣を鞘に納め、私の方を振り向いた。
「大丈夫でしたか?」
「あ…な、何?今のは…?」
「ああ?あれは『ブギーマン』の使い魔ですよ」
「え…何?『ブギーマン』て?」
「ええっ?!もしかしてブギーマンを知らないんですかっ?!」
神官は心底驚いた顔をする。
「ええ、知らないわよっ!知るはずないじゃないのっ!」
そんな名前知らない。初めて耳にする。それなのに…何よ。この男は。ちょっと顔がいいからと言って田舎者の私を馬鹿にしているのだろうか?
「ええと…つまりブギーマンというのはですね…」
そこまで彼が言いかけた時…。
グウ~…
私と彼から同時にお腹のなる音が聞こえてきた―。
****
「いや~…それにしても有難うございます。僕まで食事に呼んでもらえるなんて…」
彼はニコニコしながら私の向かい側の椅子に座っている。
「仕方ないでしょう…?お腹を減らしている人を見捨てる事なんて出来るはずないじゃない」
ましてや神官の姿をしていれば尚更だ。
私はテーブルの上に料理を乗せていく。町で買って来たパンの中に塩漬けあぶり肉を野菜で挟んだサンドイッチ。あまり野菜で作った野菜スープに、手作りのチーズ。
「はい、どうぞ食べて」
全ての料理を並べて椅子を引いて座ると、彼は目をキラキラさせて両手を胸に組んでロザリオを握りしめながら言う。
「ああ、飢えている者に食べ物を用意して下さるとは…何と慈悲深いお嬢さんなのでしょう。貴女に神の御加護がありますように…」
「ちょっと、待ちなさいよ。貴方…本物の神官じゃないんでしょう?偽物のお祈りなんか捧げて貰ってもありがたみも何も無いわよ。それより早く冷めないうちに食べましょう?」
「ええ、そうですね…。では頂くことにしましょう」
そして私達は一緒に食事を始めた―。
「美味しいっ!すごく美味しいです!お嬢さんっ!」
彼は一口食べるたびに笑顔で美味しい美味しいと言って喜んでくれている。…何だかこういうのいいな…。母さんがいなくなるまでは…こんな食卓だったのに…。母さんが消えたとたん、父さんは飲んだくれになって、食事の時間もぶっきらぼうで…。思わずしんみりした気分になってしまった。
「お嬢さん…?どうしましたか?」
突然彼が話しかけてきた。
「う、ううん!何でもないわ。そんな事よりも、私にはローザって名前があるんだからお嬢さんて呼ばずにローザって呼んでくれる?」
「分りました。ローザですね」
彼はじっと私の目を見つめて言う。う・・何か、無駄な位に顔が整っているから見つめられると照れてしまう。
「そ、それで…貴方の名前は何て言うの?」
すると、途端に彼の顔が曇る。
「え…どうしたの?私…何か気に障る事言った?」
「いえ…実は…僕、自分の事が何もかも分らないんです…」
「え?分らない…?それってどういう事なの?」
「僕は…ある日を境に記憶喪失になってしまったんです。名前も…家族も…何所に住んでいたのかも…」
「え…?」
あまりにも重たい話で、何と声を掛ければ良いのか分からなくなってしまった。すると彼は言った。
「あ、でもこの間一つ思い出した事があるんですよ?僕は自分の年齢を思い出しました。現在23歳、多分…結婚もしていないし、子供もいないはずです。僕は自分自身を取り戻すために旅を続けているんですよ」
「23歳…」
私より6歳も年上なのか…童顔だからまだ成人年齢には達していないかと思っていた。
「あ、でも旅に出れば思い出すんだね?でも不思議ね~旅に出れば記憶を取り戻せるなんて…」
すると彼は言った。
「いやいやまさか…そんな旅に出るだけじゃ記憶なんて簡単に取り戻せないですよ。僕が旅を続けているのは世界中に散らばっている『ブギーマン』を倒す為なんです。この街にも『ブギーマン』がいる為に訪れました」
ブギーマン…?私は聞き覚えの無い言葉に首をかしげた―。
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