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8 化け物との闘い
「え?何?実体化って…?」
私は驚いて彼を振り返った。
「…駄目です…。もう遅いです…」
彼は真剣な表情で腰を低く落とし、いつの間にか剣を構えていた。
「ローザ…お、俺…」
ユラリと暗闇の部屋から何者かが立ち上がり…ミシッミシッと床を踏み鳴らしながらゆっくりこちらへ近づいて来る。
「あ…」
まるで腐った肉のような強烈な刺激臭が濃く漂って来た。何て強烈な匂いなのだろう。
「ローザ…僕の後ろにさがっていて下さい」
彼は私を守るように一歩前に進み出た。
「だ…誰だ…?お前…お、俺のローザに…きやすく近付くなよ…」
ギシッ…
足音がより一層近付き…月明かりの届く場所まで近づいて来た。そして青白い光に照らし出された姿を見て私は絶叫してしまった。
「キャアアアッ!!」
それはジャックだった。
いや…かつてジャックだった化け物だった。左腕は今にもちぎれそうにブランブランと揺れ動き…ブクブクと緑色の泡が噴き出している。身体のいたるところは腐りかけ、両目は空洞になっていた。腐りかかった肌は歩くたびにボロボロと崩れ、床の上に腐敗した肉がボトボトと落ちていく。
「ローザッ!見ては駄目ですっ!目を閉じて!奴の言葉に耳を貸してはいけませんっ!」
彼の必死の声が何とか私を恐怖のどん底から少しだけ引きずり上げてくれた。
「気の毒に…『ブギーマン』の餌になってしまったようですね…。貴方は生前余程彼女の事が好きだったのですね?そんな身体になって自我も崩壊してしまったと言うのに彼女のところまで会いにやって来たのですから…」
え…?彼は一体何を言っているのだろう?ジャックが…私の事を好きだった?
「うう…ロ…ロ…ローザ…お、俺と一緒に…」
ズルッ
かつてジャックだった化け物は穴の空いた両目でこちらに顔を向けた、その瞬間に鼻が崩れ落ちた。
「イヤアアアッ!こ、こっちに来ないでっ!」
私は腰を抜かしながら叫んだ。
「ローザッ!落ち着いて…僕が必ず貴女を守ります!」
彼は私を安心させる為にギュッと手を握りしめるとジャックの方を振り向いた。
「見て分ったでしょう?彼女は君を見てこんなにも怯えている。まだ彼女の事を思う気持ちがあるなら…大人しく天に召されなさい。罪を犯す前に…」
しかし彼が言い終わる前に突然化け物と化したジャックが飛びかかって来た。
「グワアアアッ!!」
「…仕方ない…」
彼は口の中で小さく呟くと剣を構えて化け物へ向かって突進していく。
「ガッ!!」
化け物は口から緑色の液体を突然吐き出した。
「!」
咄嗟に避ける彼。すると液体がかかった床が煙を上げてジュウジュウと溶け出した。
そして次から次へと液体を吐きだし、彼はそのたびに液体を避け、化け物に近付くことが出来ない。
「チッ…!」
彼は舌打ちすると、左手を法衣のポケットに突っ込み、中から何かを取り出した。
「これでもくらえっ!」
彼はそれを化け物に向かって投げつける。それは液体が入ったガラス瓶だった。ガラス瓶は化け物にあたり、液体が漏れて化け物の身体にかかる。
「ギャアアアアッ!!」
物凄い絶叫と共に、化け物の身体からジュウジュウと煙が吹きあがる。その瞬間、彼は素早い動きで化け物に近付き、大きく袈裟懸けに剣を振り下ろした。
ザクッ!!
「グワアアアアアアッ!!」
肉を切り裂くような音が聞こえ化け物の断末魔が部屋の中に響き渡り…ドサリと床に化け物は倒れこみ、たちまち黒い靄が化け物の身体から吹きあがった。
そして煙はやがて、掻き消え…辺りは元の静けさに戻った―。
「大丈夫でしたか?ローザ」
彼が私を振り返る。
「あ…」
駄目だ。あまりの光景を目にしたショックで言葉が出てこない。彼は私に近付くと震える身体をギュッと抱きしめ、言った。
「落ち着いて…もう彼は…天に還りました」
「あ…。ジャ…ジャック…」
気付けば私は彼の胸に縋り…可愛そうなジャックを思って涙した―。
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