電話

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
翔ちゃん? 翔ちゃんなのね?  「うん」 ああ、良かった……。どうして電話に出なかったの? お母さん、すっごく心配したんだから……。 「電話、かけたの?」 そうよ。もう何回かけたか……。でも全く通じなくて、位置もわからなくて……。電源を切ってたの? 「ううん、切ってないよ」 そんなはずは……。それより、今どこにいるの? 「駅みたいなとこ」 駅みたいなところ? どこの駅なの? 「わかんない。はじめての場所。すごく小さくて、ボロボロなの」 誰かに連れてこられたの? 「ううん、ぼく一人だよ。学校が終わって、家に帰ろうとして……。でも、いつの間にかここにいたの」 翔ちゃん。お母さん、すぐに迎えに行くからね。だから、翔ちゃんがどこの駅にいるのか知りたいの。駅の名前が書いてある看板がどこかにあるはずだから、探してほしいの。できる? 「うん。…………あれ、かなあ? きぬたほんむら、って書いてある」 きぬたほんむら……? きぬた、ほんむら……。 「お母さんも知らないの?」 ねえ、翔ちゃん。駅員さんってわかる? 帽子かぶって、制服着てる人。もし近くに駅員さんがいたら、電話を代わってほしいの。 「うん。駅員さんだったら、ここにいるよ。……すみません。ぼくのお母さんが話したいって言ってるんですけど……」 ああ、ごめんなさい。その子の母親です。迷子になってしまったみたいで、どこの駅にいるのか知りたいんです。 「……」 もしもし? 聞こえてますか? 「……」 もしもし? ……翔ちゃん、本当に駅員さんに渡したの? 「……」 翔ちゃん? 「お母さん?」 ああ、翔ちゃん。どうしたの? 電話を駅員さんに渡してくれる? 「駅員さんに渡したんだけど、電話持ったまま、何も話してくれなかったよ」 ……。 「駅員さんじゃなかったのかなあ?」 ねえ、他に誰か大人の人、近くにいる? 「うん。たくさんいる」 誰でもいいから、他の人に代わってもらえる? 「えーっ、もう嫌だな。他の人、誰も喋ってないし、なんか変な感じなんだもの」 何人くらいいるの? 「うーん……30人くらい」 誰も喋ってないの? 「うん。ぼく以外は誰も」 翔ちゃん、一度、駅の外に出られる? 「たぶん」 この音……。電車が来たのね? 翔ちゃん、電車には絶対に乗っちゃダメだからね! いい? 「あっ、お母さん! ホームにお父さんがいる!」 えっ? 「お父さんだ! おとうさーん!」 お父さんがいるはずないでしょ! 人違いよ! 「ねえ、待って! ぼくだよ! 翔だよ! ねえ、お母さん、お父さんが電車に乗ってゆくよ。 待って、お父さん……」 翔! やめて! 電車に乗らないで! 行っちゃだめ! 「……」 翔? 聞こえてる? 電車には乗ってないわよね? ねえ、何か言って! 「ぼく、分かったよ。学校の帰り道で、ぼくがどうなったのか……」 何を……変なこと言ってるの! 大丈夫。お母さん、すぐに迎えに行くから、ねっ……? 「お母さん……ごめん。ぼく、お父さんと一緒に行かなくちゃいけないみたい」 翔……。やめて……。電車から降りて……。 「今までありがとう、お母さん。さよなら……」 電車から降りてって……。聞いてるの? ねえ、翔。聞こえてるの? ねえってば……。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!