虫も殺さぬ人が

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 虫をつぶす気はなかったが、目覚めて起き上がる時なか手をついたところにたまたま虫がいた。  それで虫をつぶしてしまったけれど何か昔読んだ本の話を思い出した。 『変身』という小説なのだ。  その作品のたしか主人公はある朝目覚めると彼自身は毒虫に変身していた、という話だった。  今現実の世界の彼は虫に変身したのではなく虫をつぶして殺す人間になっていた。  彼は殺虫鬼になってしまったような気がした。  ところで十月になるというのにどうして暖房のかかっていない冷えた部屋に虫がいるのだろうか。  外に虫なんかいないだろうし、木の皮の裏にでも入っているのがせいぜいだ。  彼は出勤するので起きあがった。するとつぶれた虫がなんか言いたいような気がした。  どうせ死んでいるのだろうと彼は気にしないようにした。  味噌汁を作っていたら電話が鳴ったので留守電に録音してもらおうとした。  その電話はそのまま切れた。 「卵焼きもできた」と彼は一人で話していた。  彼は出かけて職場についたところ同僚たちは仕事の制服を着てはいるがどうも変なのだ。  何か違和感はあったが、この薄気味の悪さはなんだろうか。  何か姿を見てはいけない気がした。 「おはようございます」彼はあいさつをした。  彼は姿を見なかったが、なぜか見たくないという気になってしまった。  なぜなのか彼自身にもわからなかった。  同僚と話そうとしたが、仕事がはじまって忙しくなってそれどころではなくなってしまった。  郵便局の仕事は力仕事は多い。
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