写真家の彼女

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 白いドレスで彼女は登場する。深紅にひかれたルージュ。少しきつめのアイシャドウ。ピンク色のヒール。肩から下げる革のハンドバック。  ここは海が見えるホテルのレストラン。既に夕暮れが過ぎ去り、夜が始まっていた。  「こちらの席で良かったかしら?」  目線を投げてよこす。高いヒールの足音が周囲に響き渡る。  僕が何かを言う前に、彼女は自分で椅子を引いて目の前の席に座る。  テーブルには大きくて白いテーブルクロス。ナイフやフォークが入った木製の入れ物。蝋燭が入った筒。蝋燭はメラメラと燃え、ゆらゆらとした光を放つ。  テーブルには僕用に水が入れられたグラスしかなかった。  ウエイターがすぐに気が付いて水の入ったグラスを彼女に差し出す。  「まじ・・?」  僕は目を疑う。  彼女とは確かにここで会う約束をしたが。  透き通るような美人とは、まさにこの事だ。   「来ちゃまずい?」  彼女はつまら無さそうに長い髪の毛先を両手で弄りながら、若干怪訝な表情。  「い・・いや。来てくれて嬉しいです。」  「私。そんじょそこらの女じゃないから。気安く扱わないで。」  彼女はその場で化粧ポーチを取り出し、口紅を塗りなおす。  「私を呼んでおいて。何もしないで簡単に帰す、なんてことはないよね?」  大きなまつげを何度もバタバタと開閉しながら、彼女は身を乗り出して僕の表情を見つめる。  暫くの沈黙。  遠くで汽笛。  眼下には大きな港が開けている。  夜の景色。  大きな客船が出航しようとしていた。  「どうしてこの場所にしたの?」  彼女は汽笛を嫌うかのように僕に対して質問をする。  あまり二人は会話しない。  豪華なステーキやワインが登場するけど、会話が弾むというところまでは行かなかった。  「綺麗すぎる。」  「え?」  「・・・夜景が。」  「そうね。」  彼女はナプキンで口を何度か押さえる。ハンドバックの中からスマホを取り出して操作する。  お別れの時間が迫っている。  「次、いつ会おうか?」  僕は引き止めるかのように言葉を紡ぐ。  「そろそろ時間なんだけど。」  「わかりました。今日はありがとうございました。」  僕は軽く頭を下げると、彼女はゆっくりと席を立って去って行った。  僕は精算を済ませホテルを後にする。  大きな観覧車が回っている。  橋がかかっていて、それを駅に向かって渡る。  チャットに彼女から連絡が届く。  『今日は楽しかったわ。』  とてもそうとは思えないやりとりだったから、少し驚く。  『どういたしまして。また誘って良いですか?』  僕は素直に再会したいから返信をした。  『いいわ。』  彼女からの返信を確かめると、僕は電車に乗って、僕が暮らす2DKのアパートに向かった。  帰宅すると同棲相手の彼女が姿を現す。  彼女が着るピンク色のエプロンは、地域のフリマで買った、母親向けのプリキュアの絵柄のエプロンだ。眼鏡は随分と度の入ったレンズとピンク色のフレーム。雑にまとめ上げた髪はゴムで一つに束ねられていた。  「おかえり!今日はどうだった?」  彼女は僕に抱き着く。  「うん。あーいう感じも悪く無いかな。」  彼女は何枚も撮影した海の見えるホテルからの写真を、楽しそうに僕に見せる。  「やっぱりさ、ムードっていうか、シチュエーション伴わないと、こういうの撮れないよ!!」  そう。僕は今日、不倫のカップルの設定で、彼女の撮影の協力をした。  変身した彼女も悪く無いけど。  僕は、いつもの彼女の方が良いと思った。  (おわり)
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