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「めでたしめでたし」
皺の深い老人がそう言って本を閉じる。その前には魔女や幽霊の仮装をした子どもたちが座っている。彼らは果物やナッツがいっぱいに入ったバスケットを抱えながら各々話し始める。
「ふたりが結ばれてよかったわ」
「僕も白鳥になって空を自由に飛んでみたいな」
楽しそうに感想を述べる様子を老人は静かに見つめる。温かくも冷たくも感じられる瞳を一旦閉じ、そしてもう一度開く。今度は優しく諭すようである。
「喜んでくれたようじゃのう」
楽しげな雰囲気の狭間に入り込んできた掠れた声に、肯定を示す返事が無数に飛んでくる。老人は短く鼻で笑うとひとつ質問をした。
「君たちがオーエンの家族だったとしよう。突然家族がいなくなったらどんな気持ちになると思う?」
一瞬の静寂の後、子どもたちは答える。
「寂しい!」
「悲しい!」
その中で黒いマントを羽織った最年長であろう少年が控えめに呟く。
「……オーエンは一概にいいやつとは言えないかもな」
老人の口角がぬらりと上がる。
「どの登場人物のそばに立つかで、ずいぶん違って見えるじゃろう? そうやって色んな人の心に寄り添える人になれたら素敵じゃのう」
三日月のような細い目でひとりひとりと目を合わせた。それにつられるように子どもたちも笑う。
その様子に満足したのか老人は立ち上がる。キッチンへ向かい、一際大きな皿をテーブルに運んだ。
「さあ、お待ちかねのバーンブラックの時間だ。ひとつだけコインを入れてあるからよぉく選ぶんだよ」
皿には均等に切り分けられたバーンブラックが山積みになっている。美しく焼き上げられた生地の中にはたっぷりのレーズンが入っており、斑模様を描いている。そこから発せられるスパイスとレーズン香りが部屋中を包み込んだ。
子どもたちは一斉に群がり鷲掴む。口いっぱいに詰め込み、一生懸命にコインを探す。その向こうには顔の形にくり抜かれたカブや円環を伴った十字架が飾られており、ハロウィンの終わりを悲しんでいるようだ。
しかし老人の視線は部屋の隅にある。そこにはひとつ白鳥の剥製が置かれていた。その空虚な瞳から雫がひとすじ流れ落ちた。
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