第一杯 神秘のドンブリ ~卵丼~

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 ブルグント王国において、重臣たちの会議はきまって七日に一度行われる。国家にとって重要な情報がその日にもたらされるからだ。    普段も家臣が集まり、会議をしたり国王の裁可を問うたりすることは日常的にあるのだが、この日は違う。国王、王妃代理の第二王女、宰相、王と国土を守る貴族たち、騎士団長……国を動かす名だたる人物がずらりと並ぶ。  国家の重鎮たちは、玉座に座す王への道を囲うように、左右に分かれて並び、それぞれ豪奢な椅子に座っていた。ただ一言を聞くために、そうしてじっと待っているのだ。その一言とは…… 「アンネリーゼ王女殿下の、お目覚めです」  その言葉とともに、謁見の間の大きな戸が開いた。  国王以外の面々がそろって立ち上がり、頭を垂れる。居並ぶ家臣たちの間を悠々と歩いていくのは、アンネリーゼ王女その人だった。白を基調としたシンプルなドレスを纏っている。ただ真っ白なだけではなく、金の糸、銀の糸の編み込みで魔力のこもった丁寧な刺繍が施されている。  国家を繁栄に導く神秘の存在が纏うにふさわしい衣なのだ。ただ、いつもと違って手には手袋を着けている。  皆、この衣を纏ったアンネの言葉を待っているので、そんな些細な変化など気にしない。  重要なのは、彼女の言葉……彼女が見た夢なのだ。 「おお、我が娘アンネリーゼ……夢見の神子よ。長きにわたる夢渡り、ご苦労であった」 「恐れ入ります、陛下」  夢見の神子……それが、アンネリーゼ王女の役割だった。  国家の繁栄を夢によって導く。言い換えれば、国が繁栄していくための道、没落を回避するための道、それらを夢に見ることができる。それが夢見の神子の力だ。  ブルグント王国の王女には、代々この力が引き継がれており、母に続いてアンネもこの力を生まれつき持っていた。そして母が亡くなって以降、その役割を受け継いだ。  アンネが十歳の時だった。  以来、アンネは神子としてのしきたりに従い、六日眠り、一日だけ起きるという日々を繰り返してきた。  六日の眠りの後、この重臣たちの期待と畏怖のこもった視線を一身に浴びる瞬間だって、とっくの昔に慣れてしまった。 「さあ教えておくれ。そなたの見た夢を。神は我々に、どのような道を示したのか?」  そう、慣れている。だから多少大胆なことを言ってしまっても、平気だと思っている。  アンネは息を吸うように、考えていたことをするりと口にした。 「夢は告げました……ゴハンをたらふく食せよ、と」 ……………………  たっぷりの長い長い沈黙が、謁見の間を包み込んだ。  血の繋がらない大勢の貴族たちが、皆一斉に目を瞬かせて、同じことを口にした。 「は?」  この瞬間、ブルグント王国の歴史が、運命が、大きく変わっていくとは、この場の誰も予想だにしなかったのであった。
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