第一杯 神秘のドンブリ ~卵丼~

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「私、こんなに美味しい料理を初めて食べたわ! それなのに、これはいつでも食べられるですって? 今まで隠されていたというの!? こんなに美味しい料理を!? 私の今までの食事は何だったの!」  先ほどまでディーターに対して抱いていた不満など比にならないほどの憤りが溢れ出した。思わず傍にいたというだけの要に対してすべてぶつけてしまうほどに、止まらなかった。  困ったような要の顔を見て、アンネははたと八つ当たりだと気付いた。 「し、失礼。あなたには感謝してるわ」 「いえ、喜んでいただけたようで良かったです」 「店だったわね。ごめんなさい、私、お金を持っていないの。お題の代わりに……これを」  アンネはそっと中指にはめていた指輪を抜いて、差し出した。金でできた細身の指輪で、よく見ると細かな細工が施されている美しい品だった。小さな赤い石が、時折きらりと光っている。 「い、頂けません。こんな高価そうな……そんなに高いメニューじゃないですよ」 「私にとっては今まで食べたどんな高級な料理よりも美味しかったわ。これでも足りないくらいよ」  固辞しようとする要に、アンネは押し付けるようにぐいぐい差し出している。受け取らなければ引き下がらない、と言うように。  要は仕方なく、その指輪を受け取った。 「……本当に、ありがとうございます」 「どうしてあなたがお礼を言うの?」 「自分が作ったもので喜んでいただけたら、嬉しいのは当たり前です。嬉しい気持ちにしてくれた人にお礼を言うのも、当たり前でしょう?」 「……そうね」  なんだか調子の狂う口調だった。  口をつぐんでしまったアンネに対し、要はその顔を覗き込んでニッコリ笑った。 「おかわり、いりますか?」 「もう一杯、食べてもいいの?」 「お腹いっぱいでなければ」 「ぜひ食べたいわ!」 「わかりました」  そう言うと、要は器を持って奥に引っ込んだ。アンネは、今度は追おうとしなかった。今度は、席に座って待っていたい気分だった。  出来上がりを待っているのも、気持ちがほくほくして温かいものだった。 (それにしても、こんなに美味しいものを今まで隠していたなんて……重臣会議で文句言ってやらないと。それにディーターにも、今度から一皿くらいは出すように言わないと。あと、それらを邪魔されないようにお父様に根回しして……お兄様にも言っておいた方がいいかしら。あとは……)  厨房の方から、再びトントンと軽快な音が聞こえてくる。その音を聞きながら、アンネはこの後のことについて考えを巡らせた。  この後は国王と重臣たちが集まる会議に出なければならない。ここに来たせいで少し時間を喰ってしまったが、有意義な時間であったし、何よりアンネがいなければ始まらない会議だ。少し大目に見てもらおう。  そこまで考えて、ふと思い至った。 「あれ? どうやって帰るのかしら……?」  そう、呟いたその時、ふと自分と視線が合った。  壁に掛けてあった大きな鏡に映った自分と、だ。よく見ると、その鏡は自分の部屋の鏡台のものと同じ装飾だった。 「どうして、これが……」  そんな疑問の言葉をすべて口にする前に、声は途切れた。  アンネの姿が鏡からあふれ出た光に飲まれたからだ。 「お客さん……えっと……アンネさん!? 大丈夫ですか!?」  要が慌てて厨房から飛び出してきた時には、アンネの姿は跡形もなく、消え去っていた。影も形も、あの波打つ金の髪の一端さえも。 「え、何だったんだ? 幻? 夢?」  そうとしか思えない現状にただただ混乱する要だったが、ふとポケットに手を入れると、感触があった。  彼女が強引に渡してきた金の指輪。ただそれだけが、彼女そのものであるかのように、要の手元できらきらと存在感を放っていた。  まるで彼女の金の髪のようだった。 「アンネさん……か」  赤い石が、返事をしたかのように、窓から差し込む陽光を受けて煌めいた。
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