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「どうぞ」
「……これは何?」
要と名乗った男は奥に引っ込み、しばらくしてから温かな皿を持って現れた。ようやく、スープ以外のものを口にできると意気込んだアンネの目に飛び込んだ料理とは……真っ白で、何かをとろとろに煮込んだらしい、シンプルな料理。ほとんどが水分と思われるその様は、スープのような具の少ないシチューのような……お腹に優しそうなものだった。
「お粥です。リゾットみたいなものです。6日ぶりの食事だと聞いたので、食べやすいものがいいかと思って」
気の回し方があの従者とそっくりで愕然とした。
「あなた……まさかディーターの回し者じゃないわよね? それか魔術で変身してるディーター本人とか……?」
「な、何の話ですか?」
思わず恨めしい視線を向けてしまったものの、わざわざ作ってくれたことには変わりない。アンネは用意されたスプーンのようなものを手に、そっとお粥をすくった。すくいあげた部分から新たに熱い湯気が昇る。その湯気と共に、どこかほんのり甘いような香りが漂ってきて、鼻孔をくすぐった。
(これは、もしや……!)
その香りがどこかで嗅いだことがあると気付いた瞬間、アンネは我知らずスプーンを口に運んでいた。ぱくりと熱いのも構わず頬張ると、口の中が燃え上がりそうなほど熱に侵食された。
最初は”熱い”しか感じなかった。だが少し咀嚼すると、口の中に甘さが広がった。菓子の甘みとは違う。静かな甘みだ。
夢の中で感じたあの白い食べ物……に近い。だが、近いだけだ。
甘みや噛み応えが、全然足りない。一度噛むとするりと喉を通り過ぎ、食べると言うより飲むという感覚に近い。
一口目をすべてごっくりと飲み込むと、アンネはがっくりと項垂れてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ……でも違うの……」
「違う? 不味いですか?」
「違う……美味しいわ、美味しいの。でも、違うの……!」
呻くようにそう呟いたアンネを、要は心配そうに見ていた。アンネはそのことに気付いているのかいないのか、すぐに頭を上げて、スプーンを持ち直した。
「失礼。頂くわ」
アンネは、父である王より幼い頃からずっと言われてきた。我々が口にするものはすべて神々の恵みであり、国民の日々の働きの結晶である。自分で作ったのではないそれらを口にするからには、文句を言うことも残すことも許されない、と。
だから、アンネはどんなに口にあわない料理が出されても必ず最後まで食べてきた。今回だって同じだ。悪意を持って不味い料理を出されたわけでなし。ただちょっと期待と違っただけだ。この要という料理人の働きを無駄にしてはいけない。
そう思って、この深めの皿にたっぷりよそわれた白いスープのようなシチューのような料理に、スプーンを向けた。だが、その手は横から阻まれた。
「何をするの?」
「食べなくて結構です」
要は、そう言うなりお粥の皿を引き抜いた。アンネのスプーンはすくうものが無くなって空を彷徨っている。
「ち、ちょっと……食べるわよ! 美味しいんだから」
「でも、嫌なんでしょう?」
「嫌だなんて言ってないわ」
「”違う”っていうのは、そういうことでしょう」
王女に対して何たる物言いか……と、従者たちがいれば咎めるだろうが、今はそんな者はいない。こういう時、どうすればいいのか、アンネにはわからなかった。ただ食べかけの皿を下げられてしまった、いや、下げさせてしまった空しさと罪悪感が胸の内に広がっていった。
だが要は、怒ってはいなかった。それどころかニッコリ笑って見せた。
「どんなものが食べたいですか?」
「え?」
「好きなものを作りますから、言ってください。と言っても、余りの食材しかないから大したものは作れないかもしれませんけど」
「その……オカユはどうするの?」
「これは俺が食べます。食欲なかったんで、ちょうどいいです」
要は朗らかにそう言った。そして、アンネの言葉を待っている。ディーンの浮かべている有無を言わせぬ圧力のある笑みとは違った。
ふんわりと受け止めてくれるような気がする、そんな笑みだ。
気付くとアンネは、思いを口にしていた。
「お腹いっぱいになって、幸せになれるものが食べたいわ」
要はふむ、と考え込んでいた。だが困った様子ではなかった。
数秒そうやっていたかと思うと、すぐに顔を上げて、アンネに向けてしっかりと頷いて見せた。
「わかりました。少々お待ちを」
そう言うと、要は再び奥へと行ってしまった。その後姿を見送るのは二度目だ。だが今回は、あの笑みに妙に魅かれるものがあった。
アンネの足は、自然と要の後を追っていた。
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