第一杯 神秘のドンブリ ~卵丼~

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 店の奥とは言ったが、要はアンネの座っている位置から見える場所で何かをしていた。その”何か”が、ようやくわかった。  壁というほどではない仕切りの向こうに行ったかと思うと、要は大きな銀色の箱から何かを取り出し、手早く水で洗い始めた。  魔術具なのだろうか。銀色の突起のようなものを軽くひねると、すぐに水が流れ出た。王宮の中にも井戸もあれば、地下から汲み上げた水を常に管から出している流し場もあるが、こんなに好きに出したり止めたりできる便利なものではなかった。  一挙手一投足に驚くアンネに、要は驚いていた。  要の手元では、茶色い丸い木の実のようなものがどんどん皮を剥かれていた。薄い皮を何枚も何枚も剥がして白い実が現れると、鋭い刃物でざくざくと切り刻んでいった。はじめは丸くて少し大きかった実が、あっという間に細く刻んで積み上げられていった。 「……そんなに珍しいですか?」 「気にしないで。料理というものを初めて見るのよ」 「そ、そうなんですか……」  首を傾げて作業に戻る要の手元を、アンネはさらに凝視し続けた。  日本の一般家庭なら、もしくは普通の庶民の家なら、アンネくらいの年の少女は料理を覚えていてもおかしくはない。  だがアンネは貴族どころか王族であり、しかも7日のうち6日を眠る生活を幼い頃から続けていた。料理を作る工程を見る機会など今までなかったのだ。 「その実は、何?」 「え、玉ねぎのことですか?」 「タマネギ、というの……じゃあそっちの白いのは?」 「これは……卵ですけど?」  ずっしりと重そうだった茶色い丸い実(どうやらタマネギというらしい)が、細く短い姿に変わっていく様は、目を瞠るものがあった。感心しているアンネに首をかしげながらも、要は次の手順に移っていく。  次に大きな銀色の器を取り出し、そこに白い楕円形のものをぶつけた。先ほどタマゴと呼んでいたものだ。ぶつけてひびが入った箇所からぱかっと割れて、中から満月のような黄色い何かがぽろんと零れ落ちていった。    黄色い月のようなそれは、銀色の器の中でゆらゆらと揺蕩っている。すると要は、そこへ二本の棒を遠慮なく突き刺し、ぐるぐるかき回し始めた。丸い形がぐにゃりと崩れて、溶け合うように器の中に黄色い色が広がっていく。  透明な部分と黄色い部分が混ざり合って、とろりと金色の糸を引くようになると、要はようやく器を置いた。  そして、何やら瓶のようなものや透明な器をたくさん用意していた。かと思うと、要の手元で急に炎が起こった。 「あなた……魔術師だったの?」 「へ?」  何もない場所でいきなり火を起こせるのは魔術を扱える証拠だ。しかも詠唱を一言も発していない。青い炎なのが珍しい上に、ほんの少し手を動かすだけで炎を大きくしたり小さくしたり器用に調整しているところを見ると、実は熟練の技術があるのではないかと思われた。  しかもそれを、何の苦もなく行っている。王宮で魔術師を何人も見てきたアンネですら、こんなにも器用に炎を操る者を見たことがなかった。そして、見たこともない素材を難なく調合していく手腕まである。 (只者じゃないわ、この男……! こんな人が何故こんな小さな店に……?)  アンネの心に湧いた疑問は、すぐに答えに行き着いた。  ここは店などではなく、この男の研究施設もしくは家なのではないか。先ほどの鏡も魔術具であるようだ。ここが優れた魔術師の住処なのだとすれば、納得できる。  だとしたら、自分がここに来たのは果たして偶然なのか。もしや、自分の部屋とここが繋がるように仕組まれたのではないか。  アンネは、ようやく警戒した。要という男と対抗せねばならない。  自身の魔術の腕前はそれほど大したものではないが、自分はここで囚われるわけにはいかない身だ。何とか元の場所に戻らねば……!
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