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そう思って身構えたアンネの鼻先を、ふんわりと甘い香りが漂った。はっきりと存在を主張する、砂糖の香りだ。そして甘みと絡み合うようなどこか辛みのある香り。
その香りを嗅いだ瞬間、急激にお腹が悲鳴をあげた。いや、叫び声をあげていた。それを食べたい、と。
欲求に抗えず、アンネはそっと要の手元を覗き込んだ。
小さな鍋を火にかけているところで、中には先ほど刻んでいたタマネギがぐつぐつ音を立てていた。真っ白だったのに、今は半透明で、周囲の煮汁の色を吸って少し茶色くなっている。香りの正体は、あれのようだ。
するとそこへ、今度は銀色の器からタマゴを混ぜたものを流し込んでいた。花のような鮮やかな黄色が鍋中に広がっていく。広がるほどに、甘辛い香りまで広がるようだった。
「いい匂いでしょ」
香りの心地よさに酔いしれていた様を見られてしまった。要はニコニコしながら鍋から離れ、別の器を取り出していた。
スープを入れる皿よりさらに深い。だがグラスやコップよりは広く浅い作りの皿だ。アンネの初めて見る形のそれを持って、要は別の大きな鍋のようなものに近づいた。
鉄製だろうか、重厚感がある。重そうな蓋で、中に入っているものを厳重に守っているのだとうかがえる。
要はその重そうな蓋をこれまたあっさり開き、湯気にむせていた。
(あんなに重そうなものを一瞬で……この男、腕力まで強いの……!?)
ますますもって警戒心が強まるが、タマネギとタマゴの香りに惹きつけられ過ぎていて相殺されている。そして何より、次に目にしたものに、アンネの目は釘づけにされてしまった。
「そ、それは……!」
大きな鉄製らしき器から要がすくいあげたもの、それは……ふっくらして、つやつやして、ほかほかで、そして雪のように真っ白なもの。
間違いない。夢で見た、あの食べ物だ。
「? 米、嫌いでしたか?」
真っ白なそれを凝視するアンネに、要はそう問うた。
「これは……『コメ』というの?」
「はい。えぇと正確には炊いたものはご飯と言いますけど……」
「『ゴハン』……! ゴハンというのね」
「そ、そうですね」
アンネは、最上級の期待と敬愛の念を込めて頷いた。どうやら作業を続けていい合図と受け取ったらしい要は、ゴハンがぎっしり詰まった器を持って、再び鍋に向かった。
そして、ぐつぐつと湯気を上げているタマネギとタマゴを、大胆にゴハンの上にかけた。
最後に何やら黒い紙のようなものをパラパラとふりかると、満足げにアンネの目の前で掲げた。
「さあどうぞ、召し上がれ」
「これは……何?」
神々しいものを見るように、目をすがめて尋ねるアンネに、要はふわりと答えた。
「卵丼です」
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