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第一杯 神秘のドンブリ ~卵丼~
暑い。思わずそんな言葉がこぼれ出た。
今はまだ、季節は冬だったはず。その証拠に、見渡す限りどこまでも白銀の雪景色が広がっているではないか。
辺りを見回しながらそう思った。だがすぐに、その光景すら勘違いだったと気づく。
辺りは確かに真っ白だった。ただし、ふっくらして、つやつやして、ほかほかしている。絶対に雪ではない。
いつの間にやら自分の頭上も足下も、その真っ白でほかほかしたもので埋め尽くされていた。
助けて、と叫ぼうにも口の中にまで入り込んできて何も言えない。だが、すぐにそれでいいと思えるようになった。
口の中一杯に広がった温かさとほんのりとした甘さで、思考は塗り替えられていった。
もっと、これを食べたい。もっと、この海におぼれていたいーーと。
と、そこで夢は終わった。
「……はっ!」
ベッドから体を起こすと、そこは寝る前に見たものと同じ光景が広がっていた。自分のベッド、自分の机、自分の部屋……。何一つ変わり映えしない光景だ。
鏡を覗くと、白いナイトドレスに金の髪に青い瞳、透けるような白い肌の……自分がいた。それなのに、さっきの真っ白で、ほかほかで、ふわふわで、甘い粒はどこにもない。
あの夢のようなものたちは、いったいどこへ消えたのか。そもそもどこから現れたのか。
「違うわ、夢だったのよ……」
自分でも驚くほどに、悲しいつぶやきだった。
なんてことはない。現実には起こっていないこと、起こりえない光景を見るのが夢なのだから。
信じられない味と食感を経験したとしても何ら不思議じゃない。今までだって何度も経験してきた。
だが今日ほどの喪失感を覚えたことはなかった。これはどうしたことか。
口の中で、かろうじて残っているあの夢見心地を思い返していると、お腹の方は急激に悲鳴を上げた。
およそ6日ぶりの目覚めは、急速に体の感覚を研ぎ澄ませる。特に、空腹を。
「仕方ないわね」
そう言ってアンネリーゼは、ため息混じりにベッドサイドに置いたベルを鳴らした。
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