しいたけさん

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しいたけさん

 そのコンビニには、しいたけさんと言う、そこいらで知らない人はいないんじゃないかという人がいました。  何故しいたけさんと言うのかというと、まあ単純な話で、しいたけを毎回買っていくからというだけであって、別にどうということもないのだけど。  でも、「しいたけ」っていうチョイスが、色々あるのに何故それを選んだんだ、って絶対になるようなチョイスが、またたく間にコンビニバイト達の間で話題になり、しいたけさんがしいたけを買い続けて一週間が過ぎた早朝(しいたけさんは朝が早いのだ)、しいたけさんのうわさはバイト達だけでなくそこらの人達にも広まっていました。  しいたけさんは毎日五時ぴったりにしいたけを欠かさず買いに来る、しいたけさんより先にコンビニでしいたけを買うと良いことがある、その逆で悪いことが起こる、しいたけさんの目を見ると呪われる、しいたけさんはしいたけの国に住んでいる、などなど。  その大半が根も葉もない話でしたが、田舎の、何にもないそこには、何か新しいものを欲する気持ちが常にありましたので、しいたけさんの存在は曖昧でよかったのです。  曖昧であるからこそ想像の余地がたっぷりあり、人々が根も葉もないうわさ話をつくり、話して聞かせるに至ったのです。  なので、しいたけさんの事を積極的に調べようとする人はただの一人もいませんでした。  だから誰も、しいたけさんの素性やら仕事やら生活やらを知らないのです。  知らないくせに語るのです。  そして私も、しいたけさんの事を知らないうちの一人なのです。  何故コンビニに突如としてしいたけが入荷されたのかは知っていますが、しいたけさんの事は知らないのです。  やがて季節がめぐり冬になりました。  びゅーびゅー吹き荒れる風が冷たいこの季節に、しいたけさんがしいたけを買いに来ることはパタリとなくなりました。  人々は悲しみましたが、やはりしいたけさんの事を知る人はいないのでした。  そしてその頃、ブロッコリーを毎回買っていく、ブロッコリーさんが現れました。  話題は移り変わるもので、しいたけさんの事はすぐに忘れられてしまいました。  でも私は覚えています。  しいたけさんの真っ黒なひとみを。  私はしいたけさんに呪われて死ぬんだという漠然とした認識を。  ですが、所詮は私もしいたけさんの事を知らないうちの一人、しいたけさんの事を思い出す事はだんだん減っていき、やがて全く思い出さなくなりました。  ですが、しいたけさんは今も生きているのです。  しいたけさんのことを知っている人は、少なくともこの田舎にはいないから、確かなことは言えないけれど。  けれど、生きているのです。  
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