368人が本棚に入れています
本棚に追加
/337ページ
◆◆◆◆◆
自分を殺してほしい。
そんなめちゃくちゃな要望を、矢島は受け入れるのでもなく馬鹿にするのでもなく、ただ青空を見上げた。
彼の茶色い瞳に、雲一つない青空が写る。
思えばーーー。
陽の光の下で彼を見るのは初めてだ。
あの監獄実験の際、いつも彼と会うのは夜中だったから。
砂子の意識が薄れる一瞬のすきをついて、彼女もろとも自分を殺そうとする瞬間、いつも彼は海藤を押さえつけ、暴れる自分に舌を噛まれながらも薬を飲ませて強制的にバーストさせた。
あれから、彼が助けてくれた命を呪い、彼を憎んだ日もあった。
しかし彼は三谷ハートクリニックが市街地に移転する直前に、ここに会いに来てくれた。
『出て来いよ!海藤!!いつか絶対、ここから生きて出て来い!』
マジックミラーの防音ガラス。
それでも自分は矢島の気配を感じた。
彼の声が響いてきた。
『お前の人生は、そこから始まるんだからな!!』
今思えば―――。
その声は自分が聞いたのではない。
自分の中に眠り続けていた砂子みちるが聞いたのだ。
そしてその声で彼女はおそらくーーー
目を覚ました。
それから海藤は、砂子みちるになり暗闇のなかを闇雲に走る自分と、振り返る矢島の夢を、頻繁に見るようになった。
ーーー死にたい。
誰かをまた殺すくらいなら。
ーーー楽になりたい。
このまま悪夢にうなされ続けるくらいなら。
毎日そう思うようになった。
精神病院を転々とし、外から遮断された世界で、どの病院のどの病室に入っても、抜け道を探し、医者や看護師を突き飛ばして、どれだけダミーが並んでいようが、ホンモノの窓を探し当てては飛び降りた。
自分が走るその先に、矢島がいてはいけない。
自分が走るその先に、迎えているのは死でなければいけない。
飛び降りた回数は数知れず。
手術レベルの怪我をしたのは3回。
そのうち1回が致命傷となり、歩けなくなった。
歩けなくなった海藤を、ほとんどの医師と看護師は同情するふりをしながら、内心ほっとしていたに違いない。
その後からだった。
すっかり大人しくなったものの、まだ一人部屋に隔離されていた海藤の病室に、
あの男がこっそり訪ねてくるようになったのは―――。
最初のコメントを投稿しよう!