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「―――妹尾(せのお)彩子(あやこ)……?」 セックスをしている女たちの名前は一つも覚えられないのに、その名前はすんなり出てきた。 「―――大丈夫?」 彼女は手をついて吐いていた矢島の背中を優しく摩った。 「ーーここは」 「わからない」 「なんでここに」 「わからない」 今にも泣き出しそうな顔をしている。 矢島はやっと吐き気も収まり、改めて建物を見回した。 中庭に面してガラス張りで囲まれた窓。 白い建物。 ガラスを通して奥に受付台のようなものが見える。 「―――ここってさ」 妹尾が言葉にするのも憂鬱そうに言う。 「一緒に来たことあるよね……?」 「――――」 妹尾を振り返る。 「―――病院か」 そうだ。 ここは病院。 砂子(すなこ)みちる―――いや、海藤(かいとう)(みつる)が入院していた病院だ。 なぜこんなところにーーー。 立ち上がり自分の姿を見下ろす。 仕事に使っていたジャージ姿。 その手首には―――。 見覚えのあるリングが嵌められていた。 「ーーくっそ。また始まったのか……?」 「そんな……」 矢島が呟いた言葉に、妹尾が泣きそうな声で答える。 「―――状況把握が早いわね」 気配も足音もしないのに、後ろから声がした。 「―――いい加減お前の顔は見飽きたんだよ」 矢島は拳を握りながら振り返った。 「―――堀内……!」 そう呼ぶと、城西高校教師の堀内であり、清宙会城西支部長の羽鳥でもあった女は、にやりと笑った。 「あなたがそう呼びたいなら、その呼び方でいいわよ」 「ーー相変わらずボンレスハムみてえなスーツ着やがって。ちっとも痩せねえくせして、皺ばっか増えてんぞ。 こんなことしてる暇があったらお前らの団体で痩せる薬と不老不死の美容液でも作れよ」 矢島は口の中に残っていた苦い液体を唾と共に脇に吐き出すと女を睨み上げた。 「そうね、月例会議で検討案として出してみるわ」 彼女は笑いながら腕を組んだ。 「……てめえらのアタマは死んだはずだぞ」 「ふふ」 「頭がない家畜が、飼い主もいねぇのに身体だけで無理やり足掻くと、明後日の方向に暴走すんぞ」 「………言うようになったじゃない」 堀内の見開いた目に恐怖を感じたのか、せのおが矢島のジャージの袖を掴む。 「どーでもいいけど、ここから出せよ。こちとら働いてんだ。もうお前たちのお遊びに付き合ってらんねえんだよ」 矢島は物怖じすることなく彼女を睨んだ。 「大丈夫よ。自動車会社の地方工場の作業員が一人、1週間抜けたところで、何の支障もないわ」 「――――」 「損保会社の営業スタッフが抜けても、同じよ?」 後ろに立っていた妹尾にもそう言うと、彼女は楽しそうに笑った。 「とにかくここは病院ですから。勝手に退院させられないわ。医師の許可がなくっちゃね」 堀内は微笑むと、豊満なバストからストップウォッチを取り出した。 「さて。そろそろおしゃべりはおしまい。簡単に説明をするわね」 こうなってしまったらこの時点で足掻くのは得策ではない。 まさかこんなに広い施設でこの二人で実験をするわけではないだろうし、清宙会の人間も堀内一人だとは思えない。 矢島は堀内を睨んだ。 「ここは病院。ではあなたたちは?」 堀内がこちらを見下ろした。 「―――患者?」 妹尾がおそるおそる答える。 「はい正解」 堀内が微笑む。 「ーーまさか今度は患者と医者に分かれて、とか言うなよ?」 「言わないわ。でもまあ、あながち間違ってはないわね」 堀内は楽しそうに笑った。 「でもルール説明は一度で済ませたいの。まずはあなたの仲間たちを探してきて」 「―――仲間だと……?」 「これ、なんだか知ってる?」 彼女がポケットから取り出したのは、下に黒・赤・黄・緑のラインが入ったカードだった。
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