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そのセレクターは矢島を見下ろすほどに身長が高かった。
体型からして男。
近寄ると微かに消毒液の匂いがした。
「ーー実験に関係のない暴力は慎むべきだ」
大男の声は厚い革マスクに阻まれ、よく聞き取れない。
「ーールールを聞かないで困るのはお前たちだ」
しかしレンズの奥の真っ赤な目が丸く見開かれているのはわかる。
矢島は口の端で笑いながらその威圧的な男を睨み上げた。
「へっ。体よく手懐けられた飼鳥なわけね。どーでもいいけど、その気味の悪いマスクをとれよ。くちばしが人間様に刺さったら危ないだろうが」
言うと、堀内が大男の肩に腕を置きながらこちらを覗き込んだ。
「セレクターは身体の機能が卓越している代わりに、ウイルスや細菌にはとても脆くて弱いの。
知ってるはずよ。彼らの肌が敏感だったり、彼らの目が光を取り組みにくかったり、風邪を引きやすかったりアレルギー反応が強かったり」
「…………」
矢島は海藤を振り返りそうになり、慌てて視線を大男に戻した。
「だからこれは自衛のための防御策。外さないで上げてね?」
堀内が笑う。
「――――」
矢島は再度、セレクターたちを睨んだ。
目の前の大男。
背が高くやけに胸の大きい女。
痩せ型の男。
同じくらいの背丈の男女に、
ひときわ小柄な女。
さらには堀内と同じくらい太った女が並んでいる。
こいつらが全員セレクター。
あの“砂子みちる”と同じような身体能力を持つ化け物。
「期間はきっかり1週間後の午前0時」
堀内は大男に手で戻るように促しながら、“人間”たちを見下ろした。
「人間とセレクター、一人でも多く生き残っていた方が勝ちよ」
「―――負けた方は……?」
未だ海藤を守るように寄り添っている妹尾が彼女を見上げる。
「―――ふっ」
堀内が吹き出した。
「?」
妹尾が怪訝そうに眉を潜める。
「あ、ごめんなさい。あなた、その時まで生きているつもりでいるんだなーって思っただけよ」
「―――な……」
妹尾が恥辱に顔を赤く染める。
「―――ごめんなさい。そうよね。ゲームに臨むモチベーションにも関係するもんね。いいわ。負けた方は全員死亡ってことにしましょ。これでいい?」
―――負けた方は全員死亡……。
「全員死亡って……」
猪股はまだ矢島を抑えながら、雨宮を見た。
「俺たちが巻き込まれた夏期講習や、矢島たちが参加した監獄実験では期間をただ耐え抜くだけだったはず……」
雨宮も矢島を抑える手を緩めることなく猪股を振り返った。
堀内は嬉しそうに笑った。
「『西より出でし太陽が、地表に舞い降りるとき、神は種の選択を迫られるだろう』」
目を瞑り噛みしめるようにそう言うと、
「『西より出でし太陽が、地表に舞い降りるとき、神は種の選択を迫られるだろう』」
「『西より出でし太陽が、地表に舞い降りるとき、神は種の選択を迫られるだろう』」
「『西より出でし太陽が、地表に舞い降りるとき、神は種の選択を迫られるだろう』」
「『西より出でし太陽が、地表に舞い降りるとき、神は種の選択を迫られるだろう』」
整列していたセレクターたちが声を揃えて連呼する。
一言一句つっかえず間違わず、呪文のように繰り返されるその異様な光景に、矢島が思わず息を飲むと、堀内がぐいとその顎を掴んだ。
「ーー時間がないわ。これは我々清宙会にとって最後の実験。種の存続をかけて、精いっぱい戦って頂戴ね?」
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