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◇◇◇◇ 「一人になんなよ。探しただろ」 後ろから声をかけると、海藤充は風に黒い髪の毛を靡かせながらこちらを振り返った。 「……あ、ごめん」 まさかと思って慌てたが、彼は取り乱した様子もなく、膝に毛布まで掛けて、車椅子に大人しく座っていた。 左右のリムを操作し、器用に矢島の方を向く。 「―――久しぶりだね、矢島君」 身長は伸びたが、あの頃とそこまで大きく変わらない容姿に不似合いな低い声が響き、それはまるで腹話術師のいないパペットのようだった。 「………その足はどうした」 矢島は毛布に包まれている膝を睨んだ。 「ちょっと事故に合って……」 海藤は気まずそうに答えた後、無理したように笑った。 「まともに話すのは初めてだね。あのときも、今回も」 「そうだったか?昔のことなんて忘れた」 「ーー矢島君、元気だった?」 「まあ、フツーだよ。フツー」 「はは……」 彼は視線を広がる街並みに戻した。 つられて視線を外に投げると、 「ーーーあまり柵には近づかない方がいいよ」 海藤が急に低い声を出した。 「斜め下の白い2階建てのアパート、そっと見てみて」 矢島は言われた通り、少しだけ首を伸ばして見下ろした。 「―――!!」 その2階のベランダから、こちらに向けてスナイパーよろしく銃を構えている人間がいる。 「彼一人じゃない。俺がざっと数えただけで周囲7人の男たちがこの建物を狙っている。柵を越えようとすれば多分容赦なく撃ってくると思う」 「……ご苦労なこった」 矢島は馬鹿らしくなってその場に胡坐をかいて座り込んだ。 「矢島君は、もう社会人?」 海藤が視線が低くなった矢島を見下ろした。 「ああ。一応な。お前は?」 「俺は、ほぼ病院にいたかな……」 「…………」 矢島は当時よりも血色がよくなり、少し大人びたものの、依然として妙に色が白い海藤を見上げた。 「――――」 「聞きたいなら聞いていいよ?」 海藤が笑う。 「―――あれから、砂子が出てきたことは?」 聞いてもいいよと自分で言ったくせに、その質問に海藤はなかなか答えなかった。 ただ、視線を毛布のかかった足に向けたり、雲一つない快晴の空に向けたり、往復させていた。 そして急に何かを思い出したかのように矢島を見下ろすと、 「あ、そういえば。矢島君、ありがとう」 唐突に礼を言った。 「何が」 「昨日、リバーシブルやライアーのことを支部長が言ったとき、俺のことだと言わないでいてくれたよね」 ーーーだってお前は、もう違うだろ。 その言葉を出せずに、矢島は海藤の黒い瞳を見つめた。 「ありがとね。でもきっと……」 その瞳が悲しそうに笑う。 「あれって、俺のことだと思う」
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