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◇◇◇
「あれー?今日は倉科君がいるー!」
隣の席に座った名もよくわからない学科の女に愛想笑いをしながら、倉科はビールを口に含んだ。
「なんか……倉科君がお酒飲んでるのってレアかも」
言いながら女は断りもせずにこちらにスマートフォンのカメラを向けてくる。
「やめてくれる?妙にテカるしすぐ赤くなるから、酒飲んでるときの顔嫌いなんだ」
言いながら手で隠すと女は画面から顔を上げ、倉科をマジマジと眺めた。
「ホントだー。やだー!ゆで卵みたいでかわいい……!」
「……20超えた男捕まえて可愛いも何もないって」
倉科は笑った。
「………よかったー、なんか、安心したな」
女は自分は梅酒が入った低いコップを両手で掴みながら言った。
「倉科君って取っつきにくいイメージがあったから。でも今日でだいぶ見方変わったわ」
「そう?ならよかった」
「うん。どんなに楽しそうに話してても、瞳の奥が笑ってないよねってみんなが」
「えー、何それ」
倉科は苦笑すると、欠伸するふりをして深くため息をつき、ジョッキの中身を一気に飲み干した。
スマートフォンの着信音が鳴る。
胸ポケットから取り出してみると、交際している高野優香からだった。
失礼のないように席を立ち、トイレに入った。
スマートフォンを開きメールを確認する。
【 車で迎えに行くよ。適当に近くで時間潰してるね】
飲みすぎたのだろうか。
いつもの文面なのに、読んだ瞬間に胸が熱くなった。
鏡の中の自分を見つめる。
『お前、ちょっとかっこいいからってーーー』
『ーーー瞳の奥が笑ってないよね』
自分の容姿について、好き勝手言っていた彼らの言葉を思い出す。
この顔が悪意ある他者によって作られた顔だと知ったら、彼らは同じように笑えるのだろうか。
スマートフォンを閉じる前に、電話帳を確認する。
彼の名前を確認する。
その電話番号にかけたことは、一度もない。
彼は元気でやっているだろうか。
また変なことに巻き込まれてなどいないだろうか。
小さく息をつき、今日も例に漏れず“妙にテカり、すぐ赤くなった”顔を鏡越しに睨むと、トイレを出て、席に戻った。
ビールが少し残っている。
ジョッキを真横にあげ、飲み干した。
温い苦味と、薄い炭酸が口のなかに広がる。
さっき飲み干したはずだとは、その時は気がつかなかった。
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