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◆◆◆
「矢島ぁ!」
集合時間である早朝4時の整列に、一番近い社宅から一番遅く出てきた矢島を、同じ社宅の1階に住んでいる社長が怒鳴った。
「朝方まで女とよろしくやってるのはいいけどな!下っ端なんだから集合位もう少し早く来い!」
「っす」
軽く帽子をとって会釈しただけの矢島に、社長はため息をついた。
「えー、それではぁ、今日から新型車のレーンが増えるのと、リコール専用のレーンを設けまーす。
とりあえず朝はそのレーン整備だから、作業場に向かってくれー。メーカーの人の指示に従ってやってくださーい」
「うぃーっす」
「おっす」
皆、思い思いの言葉で返事をしながら、作業場に歩いていく。
「―――あ」
部屋に煙草を忘れた。
矢島は踵を返すと、社宅に向かって歩き出した。
人の気配などなかった。
怪しい車など停まってなかった。
それなのに、角を曲がり、ブロック塀を抜けたところで、後ろから口と目を抑えられた。
「ーーーーーぐッ!!」
あっという間に手首を後ろ手に拘束されると、身体を持ち上げられ、何かの上にその拘束ごと突っ込まれた。
車の発車音。
ーーくそッ……!
口を抑えている手に思い切り噛みついた。
尻をつき、つま先を高く蹴り上げて、足のまとわりつくような拘束をとると、そのまま外に逃げ出だそうと立ち上がった。
と、そこで後ろ手に縛られている二の腕に、作業用のジャージの上から針を刺された。
鋭い痛みを感じたのは一瞬で、あとは数秒ももたずに、矢島は深い眠りに落ちていった。
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