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仁科芙美 それが私の名前だった。 14歳の私は保護施設を兼ねた病院に入院していた。 児童虐待の疑いで、とある宗教団体から保護されていたのだ。 その後の健康診断で妊娠している事がわかると疑いは事件となり、警察の聴取や医師からのカウンセリングが毎日続いていた。 両親は、教祖の後を追って焼身自殺をしていた。 殉教と言えば聞こえはいいが、骨の髄まで洗脳されていた。 教祖に私を献上するような親だったが、両親の死はそれなりにショックだった。 私の精神状態は当たり前だが良くなかった。  いつも平均台の上を歩かされているような気分だった。  落ちてしまえば待っているのは死だ。 「落ちてしまえば楽になれる」 頭の片隅でもう一人の私が囁く。  先の事を考えると、すぐに死は目の前に現れた。 何も考えない。 見えないフリ、聞こえないフリをして終わりのない平均台を一歩一歩進み続けていた。 周囲の大人たちはお腹の子を産む事に反対していた。 当たり前の事だと思う。  私にはそれを素直に受け入れる事が出来なかった。  しかし、それは何故かと問われても自分でも理由はわからなかった。 空気が澄んだ静かな夜だった。 入院している病院の高層階からは、閑散とした広い駐車場が一望できた。 昼間は外来患者でごった返す駐車場だが 深夜なので誰一人歩く者もない。 近くに見える幹線道路を車のヘッドライトが思い出したように通りすぎて行く。 大きな満月が出ていた。 冷たい空で凛と輝く月は美しく、私の心を惹きつけた。 影の部分は暗く…それでいて周囲の景色を優しく浮かび上がらせていた。 飽きる事なく月を眺めていた時、私がお腹の子を見捨てる事が出来なかった理由が初めてわかった気がした。 私には生きていく糧が必要だったのだ。 生きたい私と、穢れた自分を葬りたい私その二人の狭間で、私は生き続けるための免罪符を探していた。 私が死ねば、この子も死ぬ、だから生きる。 暗闇の中で光が欲しかった。 お腹の子は私にとっての月だと思えた。 全てを白日の下に晒す太陽の光は今の私には眩しすぎた。 今夜のような光で 進むべき道を照らして欲しかった。 それは暗闇に囚われて、罪を背負った私にとっての唯一の希望だった。  
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