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中村アキ? 隣街の私立高校の3年で(元)バスケ部のエースだった男… 駅のホームで目の前を通る人の気配を感じた水上月子は、読んでいた本から顔を上げた。 蒸し暑い夏の日だった。 暑いが冬よりはマシだった 超冷え性の私に夏は有り難い季節だ。 アキは近隣の高校生の間ではちょっとした有名人だった。 小柄な身体から放たれるスリーポイントシュートは正確で芸術的な美しさだった。 離れた距離から相手の隙をついてリングに吸い込まれるように入る彼のシュートは、小柄な体格を補って余りあるほどに相手の脅威だった。 月子の友達はアキのファンだった。 アキは有名人だったから、そんな女の子 は掃いて捨てるほどいたことだろう… アキは私の友達の事など憶えてないと思う。 アキが出る試合を見る為に、月子は何度か友達に付きあわされていた。 だから私は中村アキの名前と顔を知っていた。 面白いように入るアキのシュートは、普段バスケを見る事がない月子でも凄いと感じた。 しかし月子はといえば、一目見た時からアキを敬遠していた。 近づき難いほどの恵まれた身体能力とは裏腹に、愛嬌のある顔は親しみ易さが滲み出ていた。  いわゆるギャップ萌えというやつだ。 アキを嫌う人間は少なかった。 もしアキが正統派イケメンだったら、もっと妬む人間は多かった筈だ。 チームメイトからの信頼も厚く、心の底からバスケを楽しむ姿は輝いて見えた。 まるで太陽みたいだと思った。 だから私は嫌いだったのだろう… 春に利き腕を怪我してバスケは辞めたと友達から聞いていた。 今、別人のようになったアキが目の前をノロノロと歩いている。 私にはアキの列車に飛び込む強い決意が感じられた。 月子は、跳ね飛ばされた足とかが当たったらたまらないし、あまりグロい物も見たくなかった。 あんな物は一度見れば十分だ… それに暫く電車は止まる。バスで行こうと考え立ち上がった。 アキを後ろから追い越す刹那、アキの緊張感が月子の中に入ってくる。 他人の強い負の感情は何度味わっても慣れる事は出来ない… 人生への絶望、そこには昔の輝きなど微塵も無かった。 月子は気がつくとアキの右手首を握り締めていた。 倒れたグラスを何も考えずに元に戻すように、その動作は当たり前のように行われた。 月子自身が一番驚いていた。 自分が何をしたのか理解できないほど体が勝手に動いたからだ。 快速電車がホームを通り過ぎていく。 その時、何を話したかは覚えていない。月子が憶えているのは、自分に掴みかかろうとして掴めなかったアキの左手だった。 ソレは左手首から先を失っていた。 あの完璧な美しいシュートを放っていた左手はもうこの世には存在しない。 ああ この人も今、地獄の入り口を見てるんだと思った。  ココでは、大多数が普通だと感じている事と違う事は罪なのだ。  この人も、もう大多数ではない… そんなアキに月子は少し共感を抱き始めていた。 月子を睨みつける鬼の様な形相のアキに一年前の面影はない。 そこに有るのは怒りと絶望と苦痛だった 「お前なんかに何がわかる」 と言い捨てて立ち去るアキの後ろ姿を見送りながら月子は 「たぶん わかるよ…」  と呟いた。 
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