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芙美
私が付き合っていた年上の彼女は水上芙美といった。
はたして本当に付き合っていたのだろうか? 付き合っていたと思っていたのは私だけかもしれないと当時を思い出して自嘲気味に笑った。
8歳も離れていたから、今考えれば、からかわれていただけかもしれない。
ただ私は大真面目で、寝ても覚めても彼女の事ばかり考えていた。
私はがむしゃらに彼女に追いつきたかっただけなのかもしれない。
そして会ったこともない彼女の周りの男達に意味もない嫉妬をしていた。
彼女とはオンラインゲームのオフ会で初めて顔を合わせた
まだ私がゲームの初心者だった時に、
クエストのクリア条件のレアキャラ
(雪男) を探してフィールドを彷徨っていると、フレンド登録していた彼女が
「雪男が出たから来ない?」
と個人チャットで誘ってくれたのがきっかけで仲良くなった。
たくさんのクエストを彼女とこなし、合間に世間話をする。
結局その後、3年程でそのゲームサイトは終了することになり、最後だからとチームのメンバーでオフ会をする事になった。
約束の店に着いて席に案内されると、もうみんなは集合していた。
誰が彼女かは一目でわかった。
目が合った時に一瞬息が止まったのを今でも鮮明に覚えている。
彼女はとても綺麗な瞳をしていた。
魅入られるという言葉がピッタリだと思う。私はその時、無条件に全てを奪われていた。
オフ会に参加するのは始めてで、最初はゲームのアバターと現実の容姿に違和感があった。 みんなは自分が予想していた感じと違ったからだ。
話しを始めると違和感はすぐになくなっていった。
初めて会うのだけれど、ゲーム内では3年近くも会話をしてるいる…
不思議な感覚だ。
オフ会から数日後
もしよければ花火大会でも一緒にどうですか?
と近県で行われる花火大会に芙美を誘ったのが付き合い始めるきっかけだった。
女性に対して奥手の私にしては珍しい事だったが、どうしても芙美に会いたい衝動を抑えられなかった。
私のような余りパッとしない男の申し出をなぜ受けたのだろう?彼女の気持ちは今でもわからない…
花火大会の会場までは高速を使って2時間ほどだった。
レンタカーを借りて約束した駅前で彼女と待ち合わせをする。
「今日は誘ってくれてありがとう 一度この花火は見に行きたかったの」と芙美は笑顔で車に乗り込んで来た。
私は顔が紅くなったのがバレないように、慌ててサングラスをかける。
彼女は歳上だが若々しかった。
元々童顔なせいもあったが、私より若く見られる事さえあった。
「実際より若く見えるよね」と言うと
「実際よりは余計、若いだけでいいのよ」
と膨れた。
「あちこち直しているから」
とつまらない冗談を言っていた。
真偽は定かではないが、彼女は占い師をしてると言っていた。
「本当にあたるの?」とニヤニヤしながら聞くと彼女は
「まぁそこそこ」といつもの悪戯っ子のような微笑みを浮かべた。
コインパーキングで車を降り人並みに押されるように会場まで歩いて行く。
道すがら、芙美はビールを私はお茶をコンビニで購入した。
「私だけ飲んじゃってごめんなさい。」
「気にしないでください 普段からほとんど飲まないから…」
「そういえば前も飲んで無かったよね」
「体質的に体がアルコールを受け付けないんですよ」
「本当?人生、損してるよ」
芙美は大袈裟に笑って言った。
少しだけ芙美に嘘をついた。
数年前から私はずっと断酒をしていた。
花火会場の川べりは、昼間の蒸し暑さが嘘のように日が沈むと川からの風で肌寒ささえ感じる。
花火は噂通り素晴らしかった。
暗闇の中、花火が上がる。浮かぶ彼女の横顔を気づかれないようにそっと目で追ってしまう。
彼女は真剣な表情で花火を見つめていた。
会場にひとしきり大きく歓声が上がる。
簡易に設置されたスピーカーから、今夜のメインイベントの花火が上がるアナウンスが流れた。
この花火は幅2Kmの中に設置された5箇所の打ち上げ場所から一斉に上げられる。
花火が始まった。 視界の端から端まで
見渡す限り色とりどりの花火で埋め尽くされる。
緩急をつけた種類も様々な花火が、夏の夜空いっぱいに、これでもかと咲いては消えていく。
それが五分以上も続くのだ
あぁ 美しい
見た事もない光景に思わず息をのんだ。
花火は絶え間なく上がり続ける、閃光で
辺りは昼間のように明るくなった。
また、彼女の横顔をみてしまった。
芙美は花火を見上げ泣いていた。
私はぎゅっと心臓を締め付けられる気がした。
瞬きもせず留めどなく流れる芙美の涙を見た時、私は今この瞬間を止める事が出来たらどんなに…どんなに幸せだろうかと思った。
しかし、そんな事はかなう筈もない…
打ち上げられる花火のように儚く時は過ぎ去っていく。
だからせめて、この光景を一生忘れずに心に焼き付けようとまた花火を見上げた。
ねぇ芙美…
君はまだ、あの日の花火を覚えている?
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