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1 無茶なお願い
「えっと……そんなこと言われても、困ります」
「けれど緊急事態なのです。重大な秘密。あなたにしか頼めない。どうか私たちを、この世界を助けると思って、お願いを聞いてください」
「……」
月灯りの下で、私は逡巡した。
夜中に窓が叩かれて起きて、急いで仕事着に着替えて、外套を羽織って帽子をかぶって、両親を起こさないように忍び足で家を出て、女賢者アンニカ様と従者のおじさんに付き従ってここまで来た。
棄てられた鉱山の入口に。
「この呪われた絨毯を地底深くに封印したいのです。今、聖女イルヴァは旅の疲れが祟り床に臥せっています。彼女が目覚めたらすぐ封印の儀式に取り掛かれるように最低限の準備をしておきたいのです」
というのが、女賢者アンニカ様の主張。
冒険から帰って勲章を受けたばかりの人に呼び出されたら、断るわけにはいかなかった。だから来た。慣れた場所だし。だけど、どうも腑に落ちない。
「ここは棄てられた鉱山です。こんな場所よりもっと聖霊の加護を受けた場所のほうが相応しいのでは……」
「ミア。誰も訪れない場所だからこそ相応しいのです。人々に危害を及ぼしにくい遠さと、その気になれば対処に訪れる事のできる距離。それに、この秘密の場所を知り尽くした人物の協力が得られる。お願いします、ミア。あなたを炭鉱夫の孫と見込んで、この通り」
「うぅ~ん……」
女賢者アンニカ様に深々と頭を下げられ、後に引けなくなった。
「わかりました。その絨毯をいちばん下に置いてくればいいんですね?」
「呪われた絨毯です」
女賢者アンニカ様の従者が、よいしょっと、丸めた絨毯を担ぎ直している。
「では、あとはこのおじさんと私で」
「いえいえ。うら若き乙女と屈強な中年男性を暗がりに送り込むなどという不謹慎な真似は致しません。こんな真夜中です。私も参ります」
女賢者アンニカ様も、まだまだ随分と美しい。
私のような小娘より、美しい女賢者アンニカ様と従者のおじさんが真夜中に暗がりに篭るほうが、人の誤解を招くと思うけど……。
「わかりました。では、こちらです。足元に気をつけてください。ずいぶん長く人の出入りがなかった場所です。造りは頑丈なはずですが、滑るかもしれないので」
「ミア。私は5年に及ぶ冒険で魔王を倒した女賢者ですよ? 廃坑など脅威ではありません。もしなにかあればあなたを守ってさしあげる立場です」
それもそうか。
「失礼しました」
「いえいえ」
「どこの絨毯なんですか? すいぶん大きいみたいですが」
「宮殿の噴水の手前に中へ入る通路があり、小さいながらくつろげる空間があるのですが、そこに敷かれていた絨毯です」
「そうですか」
私には一生、縁のない場所だ。
「きっと美しい絨毯なんでしょうね」
「ええ。それは、とても」
私は女賢者アンニカ様と話す機会なんてそうそうないし、秘密めいたお願い事の緊張感も相まって、努めて雑談に集中した。
雲の上の存在で、すごく堅物な感じの女賢者アンニカ様だけど、下々の人間である私が相手でも普通に話をしてくれた。きっとこれっきりの事だろうけれど、私がおばあちゃんになっても語り継げるくらいには豪華な思い出話になりそうだ。
なんといっても女賢者アンニカ様の秘密のお願いなのだから。
そんな事を考えながら、違和感から目を背けた。
その報いは、直後、見事に降りかかってくるとも知らず。
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