私だけ氷河期

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電車で海を渡ったよりも お祭りかと疑う程の人混みよりも お兄ちゃんのマンションが今日イチだな なんだか急に疲れが襲ってきて 突き当たりの門扉を開いて 渡された鍵を使って部屋の中へと入った 「ワンッ、ワンワン」 いきなりの歓迎っぷりにテンションが上がる 「久しぶり〜」 真っ黒な大型犬はジャイアントシュナウザーの牛若丸(うしわかまる) 勤務医の癖に犬まで飼うなんて 羨まし過ぎる 以前住んでいたマンションには 何度か行ったことがあるから 牛若丸とは仲良しだ 「でも、久しぶりなのによく覚えててくれたね〜」 しゃがみ込んで抱きついて耳の匂いと 首筋の匂いをクンクン嗅いでしまった ・・・うん。犬っぽい 一頻り牛若丸と遊んだ後 立ち上がると周りの景色が目に入ってきた 「・・・どんだけ」 外観からして内装がショボいとは思っていなかったけど 玄関に入った瞬間に一斉に点灯した照明 私用だと思われるモコモコしたピンクのスリッパを履いて ひとまずお兄ちゃんから送られてきた間取り図通りに足を進める ピタリと隣を歩く牛若丸は賢い 「ワァ」 十五階という高さからなのか カーテンの開けられたリビングルームは 遮るものがなくて青空が近い カウンターキッチンを横目に バルコニーへと繋がる窓に張り付くと やけに緑の少ない街並みが見えた 「真逆だなぁ」 今朝出てきたばかりの地元を思い出してすでにホームシックみたいだ 「っと、パン出さなきゃ」 荷物を予め送ったお陰で軽装な私に 両親が焼き立てのパンを沢山持たせてくれた 『着いたら食べない分は冷凍するのよ?』 そう言って渡された紙袋には 両親が営む自然酵母の食パンが一斤と お兄ちゃんが大好きなクリームパンと牛若丸用のパン 私の大好きなメロンパンが五個も入っていた 「あっという間に無くなるよね」 寂しい気持ちを込めて 食卓テーブルの上に紙袋を乗せると キッチンを探索することにした
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