お風呂

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お風呂

「凛太朗、怖かったね。それに、すっかり汚れちゃった」  アパートに戻るなりエミちゃんは、風呂場に直行した。水は嫌いだった。けれど、エミちゃんのピンク色の爪があまりに綺麗で、見惚れた僕はされるがままになった。 「君がいなくなって、本当にびっくりしたんだから。私、凛太朗が大好きよ。だから、ずっと傍にいてね」と、泡だらけになった僕にむかって優しく話しけた。  僕はなぜネコなのだ? なぜオオカミやトラに生まれなかった。いや、違う。なぜ人間の男じゃないのだ。こんなにも、かわいい女の子と二人きりでいるんだぞ。僕はネコに生まれた自分を呪った。 「綺麗になったら、ずいぶんイケメン君になったね」  ふふっと笑うエミちゃんに、僕は好きだという気持ちをこめながら、桃色の頬を舐めた。 「凛太郎、お腹すいたよね」  僕をキッチンの床におろすと、食料入っている棚をあれこれと探る。 「困った。君のご飯を切らしてしまったみたい。あっそうだ。お母さんが送ってきた煮干しがあったんだっけ」  腹が減った僕は、短パンから伸びた白い足の周りを、そわそわと行ったり来たりする。エミちゃんは茶筒の中からカランコロンと皿の上に煮干しを落とした。 「凛太郎、さぁ召し上がれ」  エミちゃんは満面の笑みで僕を見つめる。干からびたミイラみたいな魚に、鼻ひくひくさせながら臭いを嗅いだ。煮干しを口に入れてから、奥歯でガリッとやってみた。 (うえぇ〰〰、にがあぁぁぁい!)  ぺろっと舌を出す。大急ぎで水をぴちゃぴちゃと舐めた。どんなに腹が減っていようが、これ以上一尾だって無理。渋く光る物体を見ただけで、吐きそうになった僕は顔をそむけた。 「あれ、凛太郎、もういらないの?」  エミちゃんは不思議そうな顔をする。 「そうか、嫌いだったか。他に何かないかしら」  カウンターにポテトチップスの袋があった。僕はカウンターに飛び移るとポテチの袋をガサゴソとひっかいた。 「凛太郎、ポテチがいいの?」 『にゃ!』 「お腹こわしちゃうよ?」  僕は必死になって爪を立て、袋を開ける。とうとう根負けしたエミちゃんは、袋を開けると、煮干しの横にポテチを入れた。  僕は香ばしいポテトチップスをバリバリといわせながら食べる。 「お腹こわさなきゃいいけど……」  エミちゃんの心配をよそに、僕はあっという間に平らげた。腹が膨れて、眠けに襲われた僕は、ふらふらと隣の部屋へといった。目をしょぼつかせながら、水色のふわふわとした服に目を留めた。 「凛太朗、これはね。シンデレラに変身するためのドレスなの。だから、遊んじゃ駄目よ」  エミちゃんはかけてあったドレスをタンスにしまう。その隙に僕は花柄の布団の上に飛び乗った。ほのかにいい匂いがする。気持ち良くなった僕は、布団の上で丸くなるのだった。
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