ネコの妖精マチルダ

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ネコの妖精マチルダ

 ぽつんと一匹残された僕は、いいようもない寂しさに襲われた。高級缶詰を前にしても、さっぱり食欲はわかない。うなだれた視線の先に、ハロウィンのチラシを見つけた。  あんなに美人なのだから、きっとエミちゃんはクイーンだ。それに、恋敵は見たこともない人間の男。悔しくなった僕はチラシに飛びかかる。爪を立て、ビリビリに引き裂いた。散り散りになった紙片に、僕の気持ちは引き裂かれたように痛んだ。いや待てよ、この先、エミちゃんとあいつが結婚でもしたらーー。  とっぷりと日が暮れた。すっかりいじけた僕はネコの(うた)を口ずさむ。  君のいない空の下に眠る  草が生える瓦の上で  君のいない春に眠る  錆びついた洗濯機の上で  君のいないうたた寝は、  放置された車のボンネットの上  君のいない寂しさから  バス停の朽ちたベンチの上で眠る  君のいない夜に眠る  崩れたレンガの上で  君のいないアパートの一室  君の膝の上を思いながら僕は眠る     不意に口ずさんだ詩に合わせるように、どこからともなくハミングが聴こえてきた。警戒し、身を低くした僕は目だけをキョロキョロとさせる。すると、不思議ことに、高級缶詰に貼ってあるラベルの白ネコ魔女がキラキラと輝きだした。ポンと音がして、煙とともに二本足で立つペルシャ猫が現れた。 「坊やったら、感傷的になっちゃって、どうしちゃったのかしらん♪」  エコーがかかった声に呆気にとられた僕は、口をパクパクさせた。 「もしかしたら、好きになった#娘__こ__#を、ボスネコに取られちゃったとかしらん?」 「はい……まぁそんなところです。かくかくしかじかなのです」  僕はこれまでの経緯(いきさつ)をかいつまんで説明する。 「ところで、あなたは誰ですか?」 「私はネコの妖精、マチルダ。高級缶詰の特典としての切なる願いを叶えちゃうのん」 「それなら、僕、人間になりたいです」 「人間になってどうするのん?」 「人間になったら、エミちゃんに告白します」 「ノンノン、人間の女の子が好きになっても、しょせん君はネコちゃんなのよ」 「判っています。それでも、僕はエミちゃんが大好きなんです」  まるで現実感がない。けれど、たとえこれが夢であっても、エミちゃんが他の男にとられるのは耐えられない。僕は文字通り藁にもすがる気持ちで叫んだ。 「僕を人間の王子様にしてください!」 「いいわよ」  マチルダがあまりにあっさりしていたので、僕は拍子抜けした。 「ホントに? できるんですか?』 「もちろん。ただし、君はまだお子様だから、十時を過ぎたら元のネコに戻ってしまうけど、それでもいいかしらん?」 「ええ?? さすがに早すぎやしませんか? せめて十二時まではいいでしょう?」 「ああぁ……そうね、これはよい子の決まりみたいなものだから、仕方ないの。でも外見はネコだけど、中身はまるで人間みたいだから、三十分伸ばしてあげる。それでもよかったらどうぞ。さぁ、どうする?」  なにがなんでもエミちゃんを奪還したい僕は、制限時間つきで人間の姿に変身することになった。  マチルダが持っていた杖から、パチパチとはじけるキャンディみたいな音がした。 「ブブディバディデビビ☆」  呪文を唱えると、僕は真っ白い服を着た王子様に変身した。 「君、思っていた以上にイケメンくんに仕上がったわね。さぁ、時間があまりないから急ぎなさい。ところで、君、場所はどこかしらん?」 「ええっと、ええっと……」  パンフレットを引き裂いた自分に悪態をつきながら、僕は四つん這いになって、破れた紙片をかき集めるのだった。    
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