11月7日(日)― Day7:引き潮

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11月7日(日)― Day7:引き潮

 昨日の「迷子事件」で(迷子になったのはほんの一時間ほどであったにせよ)精神的に疲れてしまった俺としろほしは、この日はずっと部屋にこもって過ごした。  明け方、俺のベッドにしろほしが入ってきた。猫のときは入ってこなかったから驚く。でも俺はしろほしと一緒にいたくてたまらなかったから、そのぬくもりを心から歓迎した。  しろほしは、俺の腋に頭を突っ込んですりすりとこすりつけてくる。まだ寝ぼけて理性もうまく働いていなかった俺は、彼の身体をぎゅうっと抱きしめた。しろほしが満足そうに、ふうっと息をつく。その息のぬくもりが肩口にふわりと溜まって、正直なところ――俺はものすごく欲情してしまった。  半目をあけてしろほしの顔を見る。夜明けの薄暗いベッドのなかで目が合った。しろほしは目をパッチリ開けて俺の顔を見つめている。  ああ、これは来る、と思った。来たらどうしよう、とも思った。俺は俺自身のふるまいに、責任が持てる気がしない。  俺が恐れつつも期待したとおり、しろほしは俺の唇を舐める。温かくて滑らかな、人間の柔らかい舌で、すうっと俺の唇をなぞってくる。 「……しろほし」  俺は唇を舐められながらしろほしの名前を呼ぶ。それから彼の後頭部をつかんで、キスをした。しろほしが驚いて少しだけ身体をひきかけたのを、力を込めて押しとどめる。 「これは、キスといってね。人間は大好きな人とキスをするんだ」  俺はしろほしの唇を食んで、それから舌をとらえた。  キスをしたい、と思うのも本能のひとつなのだろうか。しろほしはすぐに、俺と同じように唇を開けて――つまり俺たちは、愛し合う人間がするようなキスを繰り返した。 「……少しだけ訂正。大好きな人とキスするといっても、誰とでもやっていいわけじゃないからね」  唇を離して、しろほしが、うん、とうなずく。俺はしろほしの額に、こつん、と自分の額をつけて、彼の頬を両手で包んだ。 「俺だけだよ。しろほしがこうやってキスしていいのは俺だけだ。ほかの人間には、絶対しちゃダメ」  また、しろほしが小さくうなずく。その素直さに邪な気持ちを抑えられなくなった。もうひと押し、したい。俺はもう一度しろほしにキスをしながら彼の身体をまさぐった。シャツの裾から手を入れて肌に触れる。しろほしがくすぐったそうに身をよじって小さく笑い声を上げた。  初めて聴く、人間のしろほしの笑い声だ。俺はさらに彼のスウェットパンツに手を差し込み、下半身に触れようとして――、未遂に終わった。  拒否されたのか、単なる気まぐれなのかわからない。結局しろほしはサッと身体をかわし、すたすたとベッドから出て行ってしまった。  俺はしばらくぼうぜんとした。しろほしはキッチンでごそごそと何やら食器棚を漁っている。そしてベッドに戻ってきた、フルーツグラノーラの袋と、いつも俺たちが使っているボウルを二つ持って。  それからベッドに腰掛けて、不器用にグラノーラを器に出してくれる(盛大にこぼしながら)。そして「あっ、そうだそうだ」という顔をしてまたキッチンに行き、今度は冷蔵庫から出した牛乳パックを手にして戻ってきた。「おまえは、コレかけるんだろ? 知ってるよ」という顔で差し出される。俺は苦笑いして、牛乳パックを受け取った。 「ありがとう。腹減ったよね。あっちのテーブルで食べよう。……ねえ、スプーンがないよ」  スプーンなんかいらないだろ、とでも言いたげな顔をして、しろほしはベッドの上でカリカリとグラノーラを食べる。俺は呆れたように彼の顔を見る。ふっと不敵な笑みを浮かべて見つめ返された。
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