11月9日(火)― Day9:神隠し

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11月9日(火)― Day9:神隠し

 こんな夢を見た。  俺は、霧の深い住宅街を歩いている。朝の霧なのか、もしかしたら夕方の靄かもしれない。人の気配はなくて静まりかえっているから、早朝かな。  知っている街並みだった。この先の角を曲がれば何があるのか、どの道を行けば目的地にたどりつけるか、俺はよく知っている。でもどこの街だったか思い出せない。うまれ育った街かもしれないし、数年前まで住んでいた街かもしれない。暑くもないし寒くもなかった。そして俺は裸足だった。しかし足裏の感触は、靴を履いているときと何ら変わらない。それで、これは夢なんだろうと思った。  さっきから視界の端に、ちらちらと灰色の小さい猫の姿が見え隠れするのだ。しっぽが見えたり、耳が見えたり。それを俺は追いかけている。  俺は、しろほしを探している。ふっつりと、突然いなくなった飼い猫のしろほし。  民家の塀のなかにひらりと入っていったのを見た気がする。……いや、集合住宅の共用スペースに置かれたゴミバケツの蓋に飛び乗った瞬間、蓋がずれて落っこちたのを見た気もする。  俺はしろほしの気配を追って、塀のなかやゴミバケツを覗こうとした。しかしあたりの風景は書割のようにのっぺりしていて、近づくと不愉快に歪む。  困ったなあ、早く見つけないと。見つけないと、しろほしが……。  そのとき、空中をすうっと飛んでくるものがあった。霧のなかからゆっくり、まっすぐ飛んできて、俺の胸にカサリ、と音をたててぶつかった。そして、はらりと地面に落ちた。  それは紙飛行機だった。  A4サイズほどの真っ白な紙を折ってある。  中を開いてみる。子どもっぽい小さな字でこう書いてあった。 「ゆうき だいすき」 ――そこで目が覚めた。  時計は夜中の二時を指していた。フットランプをつけたリビングの隅で(俺は暗闇では眠れない)、人間の姿のしろほしが丸くなって眠っている。客用布団にくるまって、猫のときに好きだったふわふわのブランケットを握りしめていた。ぐう、ぐう……と、小さないびきをかいている。  明け方になったら俺のベッドに入ってくるだろうか。入ってきてくれたらいいのにな。……俺がしろほしの布団に入ったら驚くかな。       ――Day10:「水中花」に続く
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