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11月11日(木)― Day11:からりと
この日の午前中、俺が所属する広報部はバタバタと忙しかった。そのうえ、アサイチの午前九時半から営業部との打ち合わせが入っている。入社三年目の女子が担当している販促プロジェクトで、俺と、新入社員女子がサブ担当でついていた。
正直なところ、気の重い案件だ。
プロジェクトメンバーの折り合いがよくない。スケジュールも遅れがちだ。営業部の担当マネージャーが神経質でキツい性格だからか、打ち合わせも、メールのやりとりも、なにかとピリついている。
そんなときに限って、俺たちはそれぞれ朝から電話対応やメール対応に追われていた。そしてギリギリの五分前に大急ぎでミーティングルームに向かった。
今日の打ち合わせにはそのキツいマネージャーが出席する。だから俺たち若手(若手だ!)が先回りして、資料をセットしたり、プロジェクターを起動させておいたり、事前準備をしておく必要がある。営業部の担当メンバーと交流があればいっしょに準備するところだが、何かにつけて上から目線の彼らにはそれは望めない。
そんなときに限って(二度目だ!)、相手が早く会場入りしてしまうものだ。社外の客人も利用するミーティングルームの入り口で、数人の腰巾着……いや、部下を引き連れた営業部のマネージャーと鉢合わせしてしまう。小走りにやってきた俺たちを、全員がぎろりと睨んだ。
「おはようございます。すみません、遅くなりました」
俺は後輩を守りたい一心で、遅刻したわけでもないのに謝りながら、あちらさんの腰巾着どもがまさに開けようとしているドアノブを奪い、身体をねじこむようにして先に部屋に入った。
うわあ、最悪だ。
昨日の夜中にでも、誰かがここで打ち合わせをしたのだろう。
ホワイトボードには乱雑な文字が一面に書かれたままだし、椅子は乱れ放題。おまけにテーブルの上にはペットボトルの空き容器や、何かの資料のプリントアウトまで放置されていた。こんなのがクライアントや外部の人間に見られたら、みっともないだけでなく、リスク管理体制まで疑われてしまう。ホワイトボードに書かれた内容や放置資料の中身によっては情報漏洩につながりかねないからだ。
案の定、俺たちのあとに続いて入ってきたマネージャーが大げさなため息をつき、椅子をひとつ引いてドカっと腰を下ろした。そして舌打ち。一気に空気がピリつく。
「こういうのさぁ、マズイんじゃないの?」
もちろん、マズイですよ。でも、この場の誰も悪くないと思うんですが。
俺たちは言いたいことをぐっとこらえて、急いで片付けて打ち合わせの準備をした(当然、あちらさんの若手はボスに倣って黙って座っているだけだ)。
一時間ほどの打ち合わせの間、俺たちはキリキリとスケジュールの遅れを詰められ、ねちねちとリリース草案の小さなアラをつつかれた。うまくいっていないのは広報部だけの責任ではないのだ。しかし言い返せばこのつらい時間が長引くだけなのはわかっている。こんなときズバッと言い返せたらいいんだけどなあ。頼りない主任で、すまん、女子たち。マネージャーは嫌味を垂れ流しながら喜悦の表情を浮かべている。よほどのサディストなんだなあ。
言いたい放題、言い散らかして、営業部の一味は去っていく。俺たち三人はぐったりとテーブルにもたれかかった。
「……担当、キツいよね。部長に言って代えてもらおうか」
俺は後輩女子に申し出る。俺にできることといったら、このくらいしかない。しかしきれいな巻き髪とネイルの彼女は、きりり、と音の出そうな勇ましい表情で、リップグロスの艶やかな唇を引き結んだ。
「大丈夫です。いまにぎゃふんと言わしてやりますから」
「……ぎゃふん、なんて久しぶりに聞いたよ」
他愛もない雑談を少しだけ交わして、俺たちは執務スペースに戻った。午後からも、別の営業部チームとの打ち合わせが入っている。
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