11月2日(火)ー Day2:屋上

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11月2日(火)ー Day2:屋上

 しろほしを保護したのは去年の冬。冷たい雨の夜だった。  当時、俺は東京湾がチラチラと見えるような、しかしベイエリアなどとはとうてい呼べない雰囲気の、ごみごみした下町に住んでいた。仕事から帰ってきて自宅近くの細い私道に入ったとき、街灯の足元に子猫が倒れていた。はじめは、黒っぽい手袋かマフラーが道に落ちて、雨でじゅくじゅくに濡れているのだと思った。ところがそばを通り過ぎるとき、小さなしっぽが見えた。かわいそうに、子猫が死んでいるのだと思って目を逸らしかけた――そのときだ。その子猫が頭を上げた。きろっと明るい青い目が、街灯のしらじらと青白いLEDの明かりを反射して光った。  生きてる!  そう思ったらいてもたってもいられなかった。とくに動物が好きなわけでもないのに、今思いかえしてもあのときの自分の行動は不思議だ。俺はコートや鞄が汚れるのも忘れて子猫のそばに近寄ってしゃがみこんだ。 「どうしたの。怪我してるの?」  灰色の子猫だった。怯えもせず威嚇もせず、ただまっすぐに俺を見上げて、にあぁ、と小さな声を上げた。よく見れば後足に血がにじんでいる。自転車か何かにはねられたのだろうか。俺は差していた傘を脇において、そっと子猫を抱え上げた。手のひらにのってしまいそうなほどの小さな身体だった。その感触も、軽さも、びしょびしょに濡れそぼった小さな毛糸玉のようだった。  抱えてみて初めて、子猫が小さく震えているのがわかった。 ――どうしよう。動物病院なんか、近くにあったかな。  夜の9時過ぎ。とにかく家に連れて帰ろう。家ならネットでいろいろ調べることもできる。俺はこの子を見過ごせなかった。情けをかけるなら覚悟を決めろ。そう腹をくくって、俺はしろほしを家に連れ帰ったのだった。  その後いろいろあって、結局しろほしは俺の飼い猫になった。  俺はしろほしと暮らすために、ためらいなく犬猫可の賃貸物件を探して引っ越した。……いろいろ思うところもあって、その時住んでいた街から会社をはさんで正反対の、うんと離れた東京西部の街に決めた。  獣医さんや保護団体の人からさんざんおどかされたにもかかわらず、しろほしは俺との暮らしに驚くほどすんなりなじんでくれた。まだ小さかったからかもしれない。野良猫の難しさがほとんどなかった。なんというか――気まぐれではあるし、人間や食べ物の好き嫌いは激しいが、俺にだけはよくなついてくれて、それがとほうもなく嬉しかった。
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