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スーパーから帰ってきたら、しろほしは布団の上でまるくなって眠ってしまった。
リビングの隅に敷いてやったゲスト用の薄い布団で、猫のときに好きだったフリース素材のブランケットを握っている。小づくりに整った寝顔だった。眉間の小さな星形の斑がきれいだ。
俺はひとりで台所に立ち、かぼちゃの煮物をこしらえた。
火にかける前の鍋に水を張り、合いびき肉を入れてほぐす。沸騰したらアクをすくって冷凍かぼちゃを投入。味つけは醤油と砂糖、そこにチューブ生姜を少し。それからごく弱火にして、アルミホイルで落し蓋。中央に指で小さな穴をあけておく。
かぼちゃに火が通るまでの間、俺はコンロの前でぼんやりした。
煮物の作りかたは、誰かに教わったわけではない。しょっちゅう見ていたから覚えてしまっただけだ。
30歳になる直前、行きつけの小料理屋で働いていた同い年の男と半年ほどつきあっていた。カウンターの内側でこまごまと作業する手つき、身体つき、もちろん顔立ちも俺の好みで、あまり深く考えずに俺から誘ったら「当たり」だった。
それから彼は、夜中に店を閉めたあとに頻々と俺のアパートに来るようになった。週末の休みにはべったり一緒にいて、彼はいつも器用にうまいものをこしらえて俺に食わせてくれた。どんなに安い食材でも、残り物でも、調味料がめんつゆしかなくても、彼の手にかかれば魔法のようにうまいものになるのが面白くて、俺は彼が調理する様子を飽きずに眺めていたのだった。
離れたのも俺からだった。最初の違和感は、彼が店の常連客に「俺の彼氏がね」などと、俺との関係を匂わせるような発言をしはじめたことだった。俺はこいつの恋人ではない。
彼に別居中の妻子がいたことも、当時の俺には少々重たかった。彼は俺と同い年ながら、すでに小学生の子どもが二人いた。しょっちゅう妻子の話を聞かされ、見たくもない妻子の画像を見せられているうちに、だんだん鬱陶しさがまさってしまって、俺から離れた。
……ついでに言えば、彼はいつも達くのが早くて、俺が置いてけぼりにされることが多かったのも、気持ちが離れてしまった理由の一つかもしれない。
彼が深追いするタイプでなくて幸いだったと思うべきだろう。LINEはブロック、着信は拒否、店にも行かなくなって、自宅の前で待ち伏せされたときは家に帰らずやり過ごした。それで縁が切れたと諦めてくれたらしい。SNSで未練がましい呟きが何度も上がっていたのが切なかったが、放置した。
――あいつが、はじめてこしらえてくれたのがかぼちゃの煮物だった。
我に返って、アルミホイルの落し蓋をめくる。ほどよく火が通り、煮崩れることなく仕上がった。
俺はリビングの隅で眠るしろほしの様子をうかがう。しろほしは、煮物なんか食わないよな。起きたらフルーツグラノーラを出してやろう。俺はひとりで夕飯の支度をした。
――Day4:紙飛行機 につづく
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