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第3話 M-1グランプリ
街が七色に彩られ始め、クリスマスを否応なしに意識させられる。
この時期になると、私には思い出してしまう人がいる。
社会人3年目の冬、同僚の美香と飲んでいた時に、彼は現れた。
初めて彼を見た時、正直かっこよくないなと思った。高くない身長、手入れの届いていないツーブロック、主張が強めの眉。美香が呼んだ人だから一緒に飲むことになったが、話してみると存外彼に惹かれていった。
趣味が合うとか性格が似ているとかの話ではない。とにかく彼の話が面白かった。
話を中心で回すわけではなく、寧ろくぐもった声で話すのだが、口から発せられる言葉全てにセンスが感じられた。
また、声の抑揚や身振り、オチの見せ方。どれも今まであった男性の中で常軌を逸していた。
「凄く面白いね!こんなに笑ったの久しぶり」
「…ありがとね、僕もこんなに笑ってもらえたのは久々だ笑」
後に数回のデートを重ねた後、彼が芸人さんということを知るのだが、すでに惚れていた私にとっては彼の魅力が増す一因でしかなかった。
彼はコンビで漫才をしており、ツッコミ担当だった。
彼と付き合ってからは、今まで行ったこともない劇場で彼の漫才を見るのが私の週末になった。
彼が考える漫才は独特の世界観があり、一定のマニアから評価されているらしい。
私には詳しいことはよくわからなかったが、劇場で見た彼は面白く普段より輝いていて、何より面白さの中に優しさを感じられた。
そんな普段優しい彼がピリつく季節がある。それはM-1が行われる冬の時期だ。
出会った年は3回戦、次の年は2回戦、その次の年は3回戦敗退だった。
終わって帰ってくるたび、彼は「待たしてごめんな…」と謝ってくる。私は待たされている気もなかったし、大晦日生まれの彼に何のプレゼントを買ってあげようかで頭を悩ましていたのが、私達の年末だった。
…なんて、おどけてはみていたけど。30歳を手前にして友人達が結婚していく中、売れない芸人と付き合っていく不安。職場にいる彼よりもイケメンで収入が安定している男達。
そんなのに流されそうな日々の葛藤もあったけど、やっぱり彼の優しさと面白さは代えがたいものだった。
だから、この時期落ち込みながら帰ってくる彼を励ましながら「この人の成功を見るまではもう少しだけ側にいよう」と思えたんだ。
数年前の貴方からの言葉で側にいることはできなくなってしまったけど、M-1を追いかけるのはこの時期の私のイベントになってしまいました。
貴方が望んでいる世界には後少しで届くと思うから、画面越しだけど今年も一人のファンとして貴方のことを応援しています。
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