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衝突
「だから、クルトは勇者との最終決戦に勝利して、新しい世界を」
「ダメだろ、そんなのつまんねぇって」
30頁の読み切り漫画――条件は「渾身の自信作」。それを半月で仕上げなければならない。なのに、物語の結末を巡って、俺と哲也の意見は真っ向から対立した。
「だったら、お前はどうしたいんだ」
「最終決戦には破れるんだ。それで、神を殺す」
「それじゃ闇堕ちだろ」
「そうじゃねぇって。神の力を取り込んで、勇者と魔王が世界に仕掛けた罠を暴くんだ」
「そんなの……」
ドキリとした。ヤバい。彼の発想は、斬新で面白い。けれども、これは俺が長年温めてきた物語だ。俺の思い描く結末で締めくくらなきゃ、勝負にならないんだ。
「15頁の王宮のシーン、あれが伏線になるし」
「だけど……」
気持ちは譲れない。一方で、哲也のストーリーに傾き始めた胸の内にも気付いてしまった。言葉が続かずに唇を噛む。腹の底が捩れるみたいに、ジリリと引き攣る。
「分かった。それじゃ、ラストの10頁は、それぞれで仕上げよう」
「えっ」
彼は、あっさり解決策を差し出した。渋面を崩さない俺に痺れを切らしたのかもしれない。思いがけない提案に戸惑ったものの、それぞれが思い抱く「最高の結末」を各自で描き上げることで収まった。
「こっちに着いたら、連絡くれるかな? 一緒に大西先生のところに挨拶に行くから」
「分かりました。お世話になります」
スマホ越しに頭を下げる。俺達に夢への扉を開いてくれた、秀談社の氷堂さん。大西先生は、秀談社のエース的売れっ子漫画家だ。アニメ化された作品は数多く、少年誌「アップ」に連載中の『始まりのメテオン』は、今年の名だたる漫画賞を総ナメにしている。
「ところで、黒須君とは連絡取れた?」
「あ……いえ、あの、まだです」
14時45分発の特急。電車の時刻は、アイツも知っているし、俺もメールにしつこく書いた。留守電にも20回は吹き込んでいる。
「実家には、かけてみた?」
「番号を変えたみたいで……すみません」
1/3に減ったアイスコーヒーの中で、カランと氷が動いた。駅ナカのカフェ。一ヶ所しかない出入口も改札口も見えるから、この場所でギリギリまで待つことにして、もう3時間も経っている。
「こういう機会は何度もない。彼も分かっていることだろうし」
返る声は冷静だ。再び、焦って頭を下げる。
「ご心配おかけしてすみませんっ」
「うん? まぁね……俺に恥かかさないでくれよ?」
通話が切れた。氷堂さんは、心配なんかしていないんだろう。そりゃそうだ。あの大西先生のアシスタントになれるんだ。こんな凄いチャンス、喉から手を伸ばすヤツなんて、全国にゴマンといる。その中には、俺達の代わりになるような、若く才能溢れるヤツだって……きっと。
「どこにいるんだ、哲也っ」
ストーカーの如くかけた通話は、またもや留守電サービスに繋がり、LINEに既読は付かず、メールの着信もない。
旅立ちの電車は、改札に1番近いエスカレーターを上がってすぐの2番ホーム。5分前には改札を潜らなきゃ。壁の時計を睨む。14時15分――残り30分。
連絡を返せなくても、直接ここに来てくれたら問題ないんだ。頼む、姿を現してくれ、哲也!!
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