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結成
「芹沢って、絵上手いんだな」
中学2年の秋の文化祭。クラス模擬店の「ケモミミ喫茶」の立看板を描いていたら、不意に猫耳メイドの上に影が落ちた。
「知らないのか、黒須。コイツ、アニメオタクでさ、同人誌とか描いてんだぞ」
「ちょっ、やめろよ、津嶋っ」
小学校からの腐れ縁が、得意と揶揄いの混じった笑いで暴露するから、慌てて口を抑えようとした。
「へぇ。それじゃ、ビッグサイトにも行ったことあんの?」
年に2回、聖地・東京ビッグサイトで開催される、日本最大のアニメイベント、通称コミケ。同人誌の即売会がメインだけれど、有名レイヤーさんや、プロの声優さん、セミプロの漫画家さんにも会えたりする。
「あ……うん。まぁ、去年の夏からだけど」
中学生になって、やっと従兄弟の大学生、進一郎兄ちゃんが同伴することを条件に、親の許可が下りたのだ。
「スゲぇっ。じゃあさ、コミケのカタログ持ってる?」
「……うん」
当たり前だろ、という目で見上げたら、キラキラした眼差しが降ってきた。クラス替えになって初めて同級生になった黒須哲也が、コアな同類だと分かった瞬間だった。
次の日の放課後、半ば強引に彼は俺の部屋に押しかけてきた。そして、天井まで届く本棚にズラリと並ぶ漫画に感激し、秘蔵の同人誌を拝んでは身悶えた。俺達は、時を忘れて互いの愛読書について熱く語り合った。彼が「趣味の合う友達」から「心の友」に昇格するのは、あっという間だった。
「これ……どうかな」
冬休みに入る頃には、双方の親の間でも、俺達は親友認定済みになり、黒須がうちに泊まることも珍しくなくなった。
ある日、彼は躊躇いがちに1冊のノートを差し出した。そこには、教室や街の風景なんかがびっしりと描かれていた。
「ん……上手いよ、センスいいんじゃない?」
控え目な感想に留めたものの、内心驚いた。デッサンに狂いがない。その上、俺の描く漫画の雰囲気に似た、凄く好きなタッチだ。
「そっか。じゃあさ、お前のアシスタントにしてくんないかな」
「えっ?」
「お前の漫画、スゲぇよ。面白いし、きっとプロになる」
「ほ、褒めすぎだよ」
「いや! 絶対、プロになるって。そしたら、アシスタントが必要だろ? だから、今は予備軍でいいから、いつかアシスタントにしてくれよっ」
「予備軍ってなんだよ」
照れ隠しに笑って、頭を掻いた。だけど、くそ真面目に頼み込んでくる黒須の瞳は真剣で……俺は嬉しくて堪らなかった。
「哲也も描くのが好きなら、一緒に描こう。お前とは漫画の趣味も似てるし、絵のセンスも抜群だ。2人なら、もっと面白い作品が出来るよ」
運命だと思った。ネット上で交流している同人誌の仲間もいるけれど、こんな身近で同志を得られるなんて。
その冬、俺達は「黒沢共也」というペンネームで15頁の読み切りを同人誌に載せた。「黒須」+「芹沢」が名字で、2人共名前に也の文字があることが由来だ。
それから12年――俺達は、このペンネームで活動してきた。同人誌に参加しながら、少年誌への投稿を繰り返し、佳作を5度受賞した。高校卒業後も、それぞれ親を説得して共同生活を続け、プロの漫画家になる夢を追い続けてきたんだ。
「どこにいるんだよ……2人で『黒沢共也』だろ……」
祈るように見詰めるスマホに着信はなく、画面左上の表示が14時38分に変わる。そろそろ、このカフェを出なくちゃならない。
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