ラジオ体操からはじめよう

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1、2、3、4、 まもるとやえこは庭でラジオ体操をしている。朝6時30分のラジオに合わせるのが日課だ。 「おばあちゃん、今日は寒いね。」 「そうだねぇ、冷えるねぇ。もう12月だから。」 犬のコロはいつも通りごはんはまだかと二人の周りをそわそわと歩き回っている。 深呼吸ー、1、2、3、4。 「さあ、ごはんにしよう。」 やえこがそう言うとまもるはコロのごはんを取りに行った。 コロはもうトレイの前で座って待っている。 やえこはごはんと味噌汁を丸いテーブルに二人分並べ、真ん中に卵焼きを置いた。自分には2年前から食べ始めた納豆をあー臭いと言いながら添えた。 「体操服持ったかい?」 「うん、ランドセルの横に置いてあるよ。」 まもるは自慢げにそう言うと卵焼きを口いっぱいに入れた。 「この前は玄関に忘れてたからびっくりしたよ。あーあの時は走った走った。」 「そうだったね。ごめんなさい。でもおもしろかったね、おばあちゃんはぁはぁいってて。」 「何言ってるんだよ。おばあちゃんはまだまだ走れるんだよ。あのくらいへいきへいき。」 食べ終わるとまもるは自分で準備をすました。 「さあ、今日も元気に行っておいで。」 「うん、行ってきまーす。」 「行ってらっしゃい。」 後ろ姿を見送りながら4年生になるまもるは本当に良い子に育っているな、とやえこはいつも思っている。 毎日見送りながら毎日同じように思っている。 土曜日の午後、まもるはいつもの友達と砂浜に遊びに行くと言ってでかけていた。 遠浅の海は歩いて10分くらいにあり、きれいな砂浜が広がっていた。 12月の海はとても寒いのに、いつの時代も子供は風の子だな、とやえこは思いながら帰ってきたらすぐにお風呂に入れるように準備をした。きっと潮風でからだはべとべとで、その上に砂がたくさん着いている。 はぁー、とため息をつくやえこの表情は 笑顔だった。 風呂支度を終えるとやえこはコロと一緒にまもるをむかえに行った。もう空が朱色になりかけている。 やえこが砂浜に着くとまもる達四人は波打ち際をふざけながら走っているところだった。太陽が海に沈み始め、子供たちを赤く染めて影を長くしていた。 やえこはコロのリードを外した。 「ほら、みんなを呼んできて。」 コロは一直線に子どもたちのもとへ走っていく。コロに気づいた四人は、わーっとばらばらに散る。 「コロこっち。」 「コロ、コロ!」 色々な所から声が聞こえる。 コロは全員を追いかけた後、まもるに飛びついた。 週はじめの朝は曇り空ではあったが少し暖かかった。 いつも通りラジオ体操を二人と一匹で元気にし、ごはんを食べてまもるは登校した。 授業が終わり帰ろうとすると雨が降り始めた。友達と雨を見上げているとたけしの母親が傘を持ってむかえにきた。 「じゃあまた明日、バイバイ。」 「バイバイ。」 次々と友達は帰って行く。 雨が強くなり一人ぼっちになってしまった時におばあちゃんの姿が見えた。 「遅くなってごめんね。ずいぶん待ったかい?」 「うん、待った、すごく待った、みんな帰っちゃうし、この時間はいつもの時代劇見てて雨に気づいてないんじゃないかなーって。」 「買い物行っててちょっと遅くなったんだよ。ごめんね。でも、まもる今夜はカレーだよ。」 「ほんとに!やったー!」 まもるの機嫌は一瞬で良くなり二人は雨の中を並んで歩いた。しばらく歩くと大きな水たまりがあった。 「ん?ねえ、おばあちゃん見て。」 まもるはその水たまりを指さした。 「へぇめずらしいね、アメンボだよ。」 アメンボは気持ち良さそうにスイースイーと泳いでいた。 「この子はどこから来るの?」 「さあどこから来るのかねぇ。」 「ねぇねぇどこから来るの?」 「そうだねぇ、アメンボっていうくらいだから雨から来るんじゃないかい。」 「おー、雨、おー。」 まもるはアメンボが口に入らないように手で口を隠しながら雨空を見上げた。 家の近くまで来た時には雨があがった。 「おばあちゃん見て!ほら!」 「はいはい、次はなんだい?」 まもるが指す方をやえこが見ると、そこには大きくてきれいな虹がかかっていた。 「わあきれいだね、とてもきれいだよ。」 まもるはコロにも教えないと、と言うと家の庭に走っていった。 「ほらコロ見て、虹だよ。ほらあれあれ、違うよ、違う違う、そう、きれいだね。」 コロは首をかしげていたが、まもるが帰ってきたことが嬉しくて尻尾を力いっぱい振っていた。 次の日の午後の授業中に副担任の先生が教室の扉を開けた。 まもるは帰る準備をするように言われ教室から出た。廊下でおばあちゃんが怪我をしたから病院に一緒に行こうと言われた。 まもるの表情は固まった。 怖かった。 先生の車で病院に向かう間も先生の言葉は全く耳に入らず、ただおばあちゃん、おばあちゃんと呼び続けた。 病院に到着し先生と病室の前に来ても、まもるはうつむきながらおばあちゃん、おばあちゃんと言い続けていた。 「まもる!まもる!」 おばあちゃんの元気な声が聞こえた。 まもるが顔を上げると右足に包帯をしたおばあちゃんがベッドに座っていた。 まもるはおばあちゃんに駆け寄って抱きついた。 「おばあちゃん、おばあちゃん。」 「ごめんね、心配かけたね。おばあちゃんは全然大丈夫だよ。こけちゃってちょっと捻挫しただけだから。大丈夫大丈夫。」 「お父さんとお母さんみたいにいなくなっちゃうのかと思ったよ。」 まもるは泣きながら言った。 まもるの両親は2年前交通事故で亡くなっていた。 当時はよく泣いたものの寂しいと言わなくなったまもるを強くなったもんだと思っていた。でもやはりそんなことはなかったんだとやえこは痛感させられた。 「何を言ってるのまもる、おばあちゃんは元気だよ。いつまでもそばにいるよ。でも、しばらくは体操着を忘れないでね。」 やえこはまもるの頭をなでた。 背中をさすった。 まもるはまだ泣いている。 「もう少し検査をしたら帰れるから。そうだ!今夜はピザにしようか。」 「おばあちゃんと一緒ならなんでもいいよ。」 まもるは泣きながら答えた。 やえこは嬉しくて嬉しくてしかたがなかった。そしてもう一度頭をなでながら言った。 「でも?」 「ピザがいい。」 「え?泣いてたらうまく聞こえないよ。」 「ピザがいい!」 まもるは顔を上げて涙を拭きながら言った。 やえこは2年前からお酒を止め、食事にも気をつけ、運動もして健康に努めてきた。 やえこはまだまだ長生きしないといけないな、ともう一度気を引き締めた。 1、2、3、4、 やえこは縁側に座っている。 まもるは今日も元気に体操をしている。 コロはいつも通りごはんを待っている。
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