人工の翼

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佐藤はこう言ったことを思い出しながら、秋風の吹かれる角を曲がり、売店に入った。すると、直ぐ後に同じ文芸部所属の高村が、トレンチコートを靡かせながら入店してきた。高村は、集団では内気な方だが、一対一となると饒舌になる男だった。 「やあ、佐藤。今日はもう講義はないのか?」 「四限に、西洋哲学の講義があるばかりだ」 「それは残念。もう何もないと言うなら、これからカラオケに誘うところだった」 と、高村は受け手によっては、気味の悪い微笑を浮かべながら、残念がった。 「行ったところで、僕と高村じゃ、音楽の趣味が合わないから仕様がないさ」 「そんなことはないと思うんだけどな」 「いや、そうに決まってる。済まないが、カラオケには暇がなくても行かなかっただろう」 と、佐藤は憮然とした高村を目に遣らず、商品棚を物色した。高村もつれない態度の佐藤に根気絶えたと見えて、何を買う訣でもなく、売店を後にした。 佐藤はホットの缶コーヒーを買い、それをちびちびと飲みながら、再び構内を歩き出した。  彼の頭の中にあるのは、四限の西洋哲学ではなく、次に書く小説のプロットだった。彼は、若し天界にイカロスが辿り着いたら、どうなっただろうかと考えていた。蝋の翼で飛翔したイカロスは、神の怒りを買い、その翼を溶かされ墜落死した。    が、仮に彼がそれを回避することができたらどこに辿り着いたのだろうか。彼は、ギリシャ神話に精通していなかったため、雲海に世界が広がっているかは知らなかった。が、そのような懐疑的な仮説を小説の筋にすることは面白いと感じていていた。そのため、佐藤は次の部会に発表する小説はこれにしようと考えた。
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