1【こりない浮気さん】

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1【こりない浮気さん】

「もうしない。もうやりません。だから、許してください。イチヤさん!」  額を床につけて謝っても、イチヤさんは許さなかった。むしろおれの後頭部に足をのせて、もっと深く下げろよ、と言った。 「まあいい、言い訳ぐらいなら聞いてやるか。がんばっておれを納得させてみろよ」  イチヤさんはどこからも上から目線で、弱い立場のおれは仰ぎ見るしかない。はたから見れば、主と下僕のような構図だ。 「イチヤさんを振り向かせたかった」  もちろん、言い訳だ。誘いに断れなかっただけ。口は簡単に嘘を吐く。  イチヤさんは目を細めて、声を荒げた。 「振り向くどころか、あきれるわ。次!」  一蹴されてしまう。 「イチヤさんが大事すぎて」  的な言い訳には、鼻で笑われた。 「そういうのは大事にしているとは言わない。むしろ、傷つけてる」 「傷ついたの?」 「当たり前」  額が引きつるくらい目を開けてしまうのは仕方ないと思う。そんな傷ついたとか、はじめて聞いた。  イチヤさんも傷つくのか。感情を表に出さず、たんたんと生きているように見えたイチヤさんも、苦しむことがあるのか。 「お前さ、おれをサイボーグか何かだと思っているだろう?」 「違うの?」  イチヤさんは目をつむってから、ため息を吐いた。 「おれはお前と同じ、プライドが高いだけの男なんだよ。年下だけじゃなくて、いつもお前を見下ろしているのは」  横顔が歪んだ。唇をかみしめて何かをこらえているのだと思う。 「本当の気持ちを吐き出したくねえからだよ。女々しくなりたくねえんだよ。それくらいわかれよ、浮気野郎!」  また、肩に一撃くらった。同じ男だとケンカはやっかいだ。どちらも腕っぷしが強いから、殴りあいとなってしまう。  でも今日は、抵抗しないことに決めた。殴りたいだけ殴ってほしい。思いのまま。おれが傷つけた分。 「今度浮気したら、顔を見られなくしてやる」 「うん」 「それで、近所に男と付き合っていることばらしてやる」  イチヤさんはプライド高い男だから、そんなことができるわけない。  しかし、おれは「わかった」と答えた。 「二度とするなよ」  イチヤさんは殴ることをやめ、立ち上がった。  冷静になってみると、近所に公表するのはいいかもしれない。そういうわけで、もう一回くらい浮気もありだろう。  なんて想像を膨らませていたら、「ニヤついてんじゃねえ」もう一発、鼻にくらった。 〈おわり〉
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