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2【なぜ浮気をするのか】(受け視点)
部屋に入ってまずすることといえば、女の気配を確認することだ。鼻や目、人間の能力をとぎすませれば、大方のことはわかる。
テーブルには使われたグラスが二個あった。記念日に買ったグラスだ。他人に使わせやがって。あとで洗剤の泡で何度もこすってやろう。
寝室を開けたら、裸のあいつを発見した。乱れたシーツは「やりましたよ」と伝えるようでもある。
気持ち良さそうに寝やがって、苛立ちがつのる。おれは後片付けまでしてやっているのに。
「何でこいつは浮気するんだ?」
明確な答えは得られたためしがない。へらへらと笑って、本当の話はしてくれないのだ。
おれに飽きたなら飽きたって言ってほしい。そうしたら、あきらめがつくんじゃないか。
いや、言ってほしくない。あきらめたくない。
どちらなんだろう、おれの思いは。自分でもわからない。ベッドの端に座り、顔をのぞきこんだ。
「なんで、浮気するんだよ? 本当のところを教えろ」
「イチヤさん、おれの親父も浮気ばかりしてた」
起きていたらしい。触れようと伸ばした手を止める。戻そうとしたけど、手首を掴まれた。
「聞いて。そのたびに母親は泣いてさ。その背中を見て、おれ、ぜったいに親父みたいにならないって思ってた。それなのに今、イチヤさんにひどいことしてる。おれ、親父と同じだ」
こいつの話からすると、浮気するのは遺伝子からだと言い訳しているように聞こえる。
「違う。お前は親父さんと違う。つーか、親父さんより最低だ。浮気するのは自分のせいだろ。人のせいにするな」
こいつの腐った根性にムカついて手を払った。背中を向けると、後ろから抱きすくめられる。
筋肉質な腕、運動したためかしっとりと汗ばんだ素肌。抱かれたことで、かいだことのない甘いかおりがした。ぜったいに女の匂いだ。
「だよね。おれのせい」
「やっとわかったんだな」
「うん」
「だったら、一発、殴らせろ」
我慢ならねえ。浮気した体でおれに密着するなんて。怒りのあまりこいつを押し倒して馬乗りになると、「イチヤさん」と呼ばれた。
腰の辺りをいやらしい手つきで触られる。ふざけんな。でも、こいつにつけられた匂いを消したくて、いまだ撫でてくる手に自分の手を重ねた。
〈おわり〉
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