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「実は僕、浮気相手だったんだって! 彼女の、女友達とのルームシェアっていう嘘がばれて、その彼氏に刃物持って追い掛け回されて、荷物まとめる時間だけもらって逃げてきた!」
まず第一に、イケメンの声はよく響いた。ご近所で一気に噂になるかもしれないくらいだった。
さらに依里のツッコミへの回答もまた、ド級にぶっ飛んでいるに違いなかった。
一般的にありえないのではないか、と言いたくなる中身であるが、彼女は相手がそんな無駄な嘘を吐く事はないと、知っていた。
「とりあえず寒いの、中にいれて。お湯でいいからちょうだい!」
「手ぇ冷たっ!? 何時間前から立ってたの!?」
イケメンは小走りに駆け寄ってきて、ばっと彼女の手を掴み、要求を口にする。突っぱねようとした依里であるが、そのあまりの手の冷たさにぎょっとし、突っぱねる言葉が吹っ飛んでしまった。
それ位、冷え切った手は、血の気がなくなっているほどだったのだ。
こんなになるまで延々と立って待っていて、よくまあ通報されなかったものだ、と彼女は感心しながらも、知り合いであるという事から、無碍に扱う事はしなかった。
こんな風に冷え切る前に、どこかのカフェにでも行けば、そこそこ温まって待てただろうに。
……こんなだからこいつは、見捨てられないのだ、と彼女は内心でぼやきながら言った。
「……しょうがない、入れ」
「言ってくれるって思ってた!」
ぱっとあたりが明るくなるほどの笑顔。この男は笑顔だけで言えば完璧なものがあり、この笑顔を見たいがために、血で血を争う喧嘩が、学生時代にあった事も、彼女は噂で聞いていた。
この男、人の噂に昇る事が極めて多かったのだ。
それ位、この男は、色々な事をやらかしている、という事でもある。
非常にしぶしぶ、扉を開けた依里が中に通せば、その、間違いなく変人だろう脳みそを所有するイケメンは、のんきにお邪魔しますと、誰もいない空間に声をかけて、靴を脱いで中に入った。
入ってすぐさま、シンクで勝手に手を洗い、勝手にうがいをし、これまた勝手にやかんに水を入れて火をかけた。
流れるような動きである。そして家主への許可は全くとっていない。
「おい、勝手に火を使うんじゃない」
もはやあきらめるべき領域な気がすでにするが、一言言っておく。
しかし相手は、ガスの火で真っ白な程血の気が引いた手を温めながら言う。
「お湯ちょうだいって言ったじゃん」
つまりその時点で了承をとったつもりだったらしい。
たしかに要求はしていたし、己はそれを却下していないと今までの流れを思い出し、依里は溜息を吐いた。
「よそでやったらいけないってのは知っているよな」
「余所の家に入らないから大丈夫だよ」
「まてこの野郎、うちもあんたにとっては余所じゃないのか!?」
依里はここでつっこんだ。
「いくら生まれた時からご近所の幼馴染でも、さすがに他人だからね!?」
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