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recit 2
ー11年前ー2011年ー
「あれから、1年か、、」
涼介は深いため息をついた。部屋の一番隅にある棚の中の一冊のアルバムを見ていた。そこには弾ける笑顔の涼介と美月が写っていた。涼介はアルバイトのライターとしての最後の原稿を書いた。
もうこれで大好きな文章や創作との別れを惜しむように一行一行心を込めて書いた。
それをパソコンからクライアントに送信して美月との思い出のアルバムを閉じた。
すると涼介に一通のメールが届いた。
「お仕事お疲れ様でした。明日、原稿料を振り込みますのでご確認の程よろしくお願いします」
涼介はパソコンを閉じると静かに目を閉じた。
美月の笑顔が浮かんできた。
「美月ごめんな、、夢叶えられなくて、、」
涼介は虚しさを感じていた。
そこにはついさっきのことのように美月との思い出が蘇ってきた。
「美月頑張ってるかな、、」
涼介は携帯を取り出して美月へ電話をかけようとしたが出来なかった。
「まだ、電話は出来ないな、、」
やがて涼介は深い眠りについた。
翌日、涼介は振り込まれた原稿料で美月への誕生日プレゼントを買い手紙を添えて美月へ贈った。
「美月へ
お誕生日おめでとう。僕は何とか元気にやってるよ。美月も元気にしててくれよな。プレゼントを贈るね。つけててくれたら嬉しいな。今から寒くなるから身体気をつけてな。涼介」
二週間後、美月から涼介に手紙が届いた。
赤く可愛いレターセットに美月の写真と共に手紙が添えられていた。
涼介は丁寧に封を開けた。
「涼ちゃん
プレゼントありがとう。すごく嬉しかった。
ネックレスだなんて涼ちゃんらしくないけど誕生石のネックレス探してくれたんだね。毎日つけるね。涼ちゃん、涼ちゃんも元気にしてる?たくさん食べなきゃダメだよ。次、いつ帰ってこれる?それとね。私、彩さんのお店で働いてるんだけどスイーツが大好きになっちゃった。それで彩さんの勧めでパティシェの学校に行こうと思ってるんだよね。全然知らない世界だけど挑戦してみようと思ってる。だから、今度は涼介が応援してよね!美月
P.S.大学の勉強無駄になっちゃったね(>_<)」
そこには涼介が贈ったネックレスをつけてフォンテーヌの前で笑顔で写った美月の写真があった。
「美月、、変わらないな、、」
変わらない美月の笑顔に涼介の胸は熱くなった。
涼介は美月の写真を本棚に飾った。
写真の中の美月は涼介の好きな変わららない笑顔だった。涼介は美月と離れた時間の重さを感じていた。
「仕事探さなきゃ、、」
パソコンを開けてメールをチェックしていると一通のメールが来ていた。
「突然のメール失礼致します。転職サイトでの貴方の経歴を拝見し、一度お会いしたいと考えております。つきましては一度ご来社頂きお話したいと思います」
「スカウトかな、、」
ただ涼介はその後の文章を見て落胆した。
「ただ、今回の採用は営業職としてのお話になりますがどうぞよろしくお願い致します。文桜出版株式会社 採用担当」
「営業職、、」
「どうしようかな、、」
涼介は数日悩んだが一度話を聞きに行ってみることにした。と言うよりそれしか選択肢がなかった。指定された日時に出版社を訪れた。
会議室に通されていくつかの質問に答えた。
あっという間の出来事だった。
涼介は文桜出版で営業職として働くことになり、マンションへの帰路に着いていた。
「何でこうなったんだろ、、」
夕日が傾く東京の街を一人途方にくれて歩いていた。本当なら喜ばしいことだが涼介は素直に喜べない自分がいた。ライターとして編集部で記事を書くことが涼介の夢だった。
涼介は帰りの山の手線の車内で美月にメールを打った。
「美月、就職決まったよ。出版社なんだけど営業職なんだ。でも、そこからのスタートってこともあるし、喜んでくれよな。涼介」送信ボタンを押すとすぐに美月からの返信が来た。
「涼ちゃん、良かったね!おめでとう。全然気にすることないよ。そうだよ。むしろ、そこからのスタートだよ。頑張って。応援してる。美月」携帯を閉じて涼介は深いため息をついた。
きっと、世の中は自分の想いとは全く違う方向に物事が進んで行くのかも知れない。
何故か少しだけ美月の笑顔が遠くに感じられた。すぐそこに美月の笑顔があるのにすごく遠く薄いもやの中に美月の笑顔があった。
桜新町のホームに着いて涼介は改札を出た。
夕方のホームはサラリーマンやOLでごった返していたがそれはそのまま自分の未来を象徴しているようだった。
スーパーや飲食店が立ち並ぶ街並みを抜けてこじんまりとしたマンションに着いた。
その日涼介は東京に来て初めて飲みに出かけた。やけ酒とも祝杯とも言えるたった一人の宴を家の近くのこじんまりとした飲み屋で上げた。
昔、美月と歌った思い出の曲を一人で歌った。
そのお店はママと20代のホステス二人だけのお店だった。
里奈と名乗る20代のホステスはおめでとう。と言って祝杯を求めたが涼介は少しも嬉しくなかった。
お代を支払い店を出るとすっかり辺りは真っ暗で三日月が悲しげに涼介を照らしていた。
涼介は部屋に戻り、携帯を握りしめると美月に電話をかけた。
「もしもし、涼ちゃん!」
美月の声は弾んでいた。
「元気だった?」
「うん。元気だよ、、」
「涼ちゃんの声聞くの久しぶりだね、、何かあった?」
「いや、何でもないよ、、ただ美月の声が聞きたいなぁと思って、、」
「美月といた頃楽しかったなぁ、、」
「涼ちゃん、、」
「やっぱり美月の言う通り福岡に居れば良かった、、」涼介の声は掠れていた。
「美月、、俺もうダメかも知れない、、」
美月は震える涼介の声を聞いていた。
「夢なんて追いかけるのばかばかしいよな、、」
「ライターなんかならなくても美月が側にいてくれるだけで良かった、、」
電話の向こうの美月の声も震えていた。
「涼ちゃん、でもね。私はそんな涼ちゃんが好きなんだよ、、」
「優しくて一生懸命で夢を追い続ける涼ちゃんが、、」
部屋の窓から微かに明かりが差し込んでいた。
「楽しかったな、、大学生活、、」
「また、元気な声を聞かせてくれよな、、」
「涼ちゃん、、」
長い長い沈黙が続いた。
涼介はそれだけ告げると電話を切って眠るように意識が遠のいていったー
◇◇◇◇
「美月ちゃん、お疲れ様。今日はもう上がって良いわよ。ありがとう。これからご飯にでも行く?」
エプロンとコック帽を取りながら彩はニコリと微笑んだ。
「え〜嬉しいな。行きます。喜んで。」
美月は笑顔を見せてフォンテーヌの後片付けと清掃を終えて彩と食事に向かった。
通り沿いの洋食店に入り、美月は大好きなオムライスを注文した。
彩も同じものを注文して二人で乾杯した。
「美月ちゃん、行く学校決まったの?」
彩は美月に優しい笑顔で語りかけた。
「はい。市内の洋菓子専門学校に行こうと思って、、」
「そっか、それじゃお店に入るのは学校お休みの時で良いからね。あ、でも無理しなくていいよ。」
「美月ちゃんのペースで入ってくれたらいいから。」
「了解です!」
美月は舌を出しておどけてみせた。
「でも、本当に良かったの?」
彩は申し訳ないという素振りをした。
「良いんです。小さい頃からケーキが大好きだったし彩さんのお店を手伝っているうちに自分が本当にしたいことが見えてきたって言うか、、」
美月はオムライスを食べながら笑った。
「私、5歳の時に父親亡くしてるんですけど小さい頃母と作った不恰好なケーキを父は喜んで食べてくれたんです」
「それが本当に嬉しくて、、」
「そうだったのね、、」
「父の記憶はあまりないんですがそれだけは鮮明に覚えてて、、」
「父が亡くなって母がパートのお仕事に出るようになってもずっとケーキを作る真似事をしてたんです。弟と二人で母が作り置きしてくれてたご飯を温めて食べてたんですけど寂しかったんです。だから、涼介に出会って本や小説、芸術のお話なんかを聞くたびにすごく新鮮に思えて、、涼介は私の心の支えなんです。」
美月は愛おしそうに話を続けた。
「涼ちゃん、あんな性格だから言い出したら聞かなくて、、本当はこの街にずっといて欲しかったんですけど、涼ちゃんが夢叶えるまで私も夢を追いかけてみようかな〜なんて」
すると美月はバッグからおもむろに一冊の本を取り出した。
「これ、涼ちゃんが初めてプレゼントしてくれた本なんです。高校2年生のホワイトデーに校門で待っててくれて、これしか買えなかったって、、」
美月は『蹴りたい背中』を愛おしそうに見つめていた。
「文学部に進んだのもただ涼ちゃんの側に居たかっただけなんです。」
美月は遠い昔を思い出すように話した。
「そうだったのね、、」
「涼介くん、優しい人なんだね」
「涼介くんのことを支えてあげてね」
そう言うと彩は美月に微笑みを向けた。
美月は文庫本の栞の挟まれたページを愛おしそうに見ると本を閉じて大切にバッグの中に仕舞った。栞が挟まれたページには涼介と写った写真が大切に挟まれていた。
彩にお礼を言って美月は家路に着いた。洋食店からの帰り道、夕焼けが黄昏色に染まっていてた。美月は東京で一人頑張っている涼介を想った。空は茜色に染まり美しかった。ただ美月の心は何故か言いようのない不安を抱えていた。
「涼ちゃん、、涼ちゃんに会いたいな、、」
空は綺麗な黄昏からやがて徐々に暗くなっていった。
「涼ちゃん頑張ってね、、」
「私も頑張るよ」
美月はそう小さく呟いていた。
◇◇◇◇
「相沢! 2番に電話!」
「はい。こちら文桜出版、相沢です。」
「すみません。至急届けますので、、申し訳ございません。はい。今日の午後にお届けします。失礼致します。」
涼介が電話を切ると上司の杉崎が声をかけた。
「小波書店さんから?」
「はい。新刊の在庫が無いから至急届けてください」って。
「そうか。それじゃついでにキャンペーン商品の案内も頼むな。」
「はい。了解です。」
「それと、午後から取引先回りも頼むな。あと昼飯まだだろ。一緒に食べに行くか?」
「はい。ありがとうございます」
社員食堂で遅い昼食を取ると杉崎に連れられて屋上にやってきた。
「お前、タバコ吸うのか?」
「いえ、僕は、、吸いません。」
「そっか。面白くないやつだなぁ、、」
杉崎は笑うと缶コーヒーを渡してくれた。
「お前、ライター志望だってな。」
「はい。」
「たぶん、、この会社じゃ一生なれないぞ。」
杉崎が冗談とも本気とも取れる語気で言った。
「俺も昔、作家志望だったんだ。」
「本なんてつまらないよな、、」
杉崎は急にそんなことを言い出した。
「多くの人が心血を注いで出版しても売れるのはほんのごく一部、、あとは誰の目にも触れずに消えていく、、街の古本屋やネットには1円や数十円の価格で本が並んでる」
涼介は何も言えなかった。
「でもな、、誰にでも大切にしている本ってあるだろ?」杉崎は言葉を続けた。
「そんな本を世に出す手伝いが出来るといいな。」
杉崎はタバコをふかして東京の街並みを眺めていた。
「大切にしている本、、」
一瞬涼介の脳裏には美月の姿が掠めた。
「さっ、仕事。仕事」
「頑張れよな」
杉崎は涼介の肩をポンと叩くと手を振って部署に戻っていった。
その日の帰り道、涼介は帰りの電車を途中で降りて神保町に寄っていた。
多くの本の中から以前、美月に贈った本を探していた。
100円の値札が貼られたその本を手に取りレジへと持っていった。眼鏡を掛けた若い女性店員が丁寧に本を包んで涼介に差し出した。「100円になります。」
女性店員は両手で涼介に本を差し出した。
涼介が支払いを終えて店を出ようとすると女性店員が声をかけた。
「あの、突然すみません。その本良いですよね、、あの何て言うか、、私も好きなんです。」
「あ、すみません。何でも無いです、、」
女性店員は恥ずかしげに目を伏せた。
涼介は微笑むと語り出した。
「いえ、良いんですよ。僕もこの本好きなんです。この本、以前好きな人に贈った本なんです。実家の本棚にあるんですけど久しぶりに読みたくなって探したけど見つけられなくてここに来たんです」
そう言うと涼介は笑顔を見せた。
「そう言ってくれて嬉しかった、、ありがとう。また来ますね」
そう言うと涼介は笑顔で店を後にした。涼介は不思議と温かい気持ちに包まれていた。
久しぶりの嬉しい出来事に本が大好きだった頃の自分を思い出していた。
マンションの鍵を開けて部屋に着くと写真の中の美月が笑っていた。
「美月、ただいま」
カバンから書店で買った本を出して1ページ目を捲った。涼介の胸に熱いものが込み上げてきた。
その本の172ページに栞を挟んでそっと机にしまった。
窓から眺める街並みは何も言わずにただ涼介を見守っていた。何処までも温かく。美月の笑顔のようにー
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