10【日中が好き】

1/1
前へ
/16ページ
次へ

10【日中が好き】

「あのさ」 日中が声をかけてきたのは、公園の入り口に近づいた時だった。 足が止まったから、俺も同じようにする。 「何だ、日中?」 こちらを振り向こうとしない日中は、何を考えているんだろうか。 さらさらと風に流れる日中のサイドの髪を眺めていたら、ふふと横顔が笑った。 「この公園で、よく遊んだよね」 「そうだな。懐かしい」 日中と一緒によく遊んだ。 学校の放課後、約束しなくてもここで集合していた。 あの頃は、ただの友達、親友ぐらいにしか思っていなかったのに、今じゃ。 日中がこちらを向く。 くしゃって頬を上げて、笑うんだ。 「公園、入ってみない?」 見惚れてから、一気に胸が苦しくなった。 喉に何かが詰まったように、「うん」としか返せなかった。 子供の頃には大きかったベンチも、今座ってみたら、割りと小さいものだったと気づく。 日中と横並びに腰を落ち着ける。 目線を合わせなくていいのは助かった。 ただ正面を見ていた。 「小花、さっきの話だけど」 やっぱり、話そうってことなんだろうと、薄々感じていた。 日中は優しいから俺を傷つけない言葉を探すために、「頭のなかを整理させて」と言ったんだろう。 いきなり親友だと思っていたやつから、「顔を見ると変になる」と言われたんだ。 困ったに違いない。 俺にできることといえば、日中を逃がすこと。 真剣に考えるなって言ってやることだろう、たぶん。 「ごめんな、変なこと言って」 「謝らないで。驚いたけど」 「だよな、驚くに決まってる、親友からあんなこと言われてさ。俺も笑って流してもらった方が傷は浅くて済むし」 冗談で済ませて欲しい。 なんて言いながら、鼻の奥がつんと痛くなる。 顔が熱くなる。 眉の中心に力を入れないと、泣く。 泣いたりしたら、もっと、優しい日中を困らせる。 だから、俺はがんばって、意識を公園の風景に逃がした。 「笑えないよ」 うつむいた俺の頭に手のひらが置かれた。 堪えきれなくなった涙がぽろっと落ちる。 この指から伝わる温かさは何なんだろう。 日中の優しさとか? 「小花」とかけられる声の優しさと心地よさに、涙が止まらなかった。 「俺、日中が、すきなんだ……友達とか、もう、そんなんじゃ、なくて」 つっかえつっかえに伝える。 泣いたらダメだったのに。 せめて、距離を取って、不細工な顔は見せないようにしよう。 今この時、日中からの同情を受け止める自信がない。 横に避けようとしたら、できずに終わった。 俺の肩を日中が引き寄せたからだ。 日中と俺のブレザーが擦れる音。 ふんわりと日中の匂いが俺を包みこむ。 気づいたら、俺は日中の腕に囲われていた。 胸板に頬を寄せる感じになってしまい、驚くしかない。 「日中?」 「すごい嬉しすぎて、どうしたらいいか、わからない」 「え? 嬉しい?」 日中の胸に耳を当てると、どくどく音が聞こえてくる。 だとしても、俺は頭に浮かぶ、能天気な考えを1つずつ潰して回った。 日中も俺と同じ想いだったりするなんて、あるわけがない。 日中は俺なんかが手を伸ばしたって届く相手じゃない。 そうなのに。 「嬉しいよ。僕だってずっと、小花のことを好きだった」 日中の「好き」を聞いたら、その言葉を疑わないで済んだ。 これまでの日中は、ちゃんと言葉で、行動で俺を好きだと言ってくれていた。 今の今まで俺が気づいていなかっただけで。 「日中が、俺を好きなんて、夢みたい」 笑い声が出た。 日中の背中に手を回してみたら、もっとくっつける。 どくどくと早くなっていく音に、俺はさらに笑ってしまう。 緊張してるのは日中も一緒だって、安心できる。 「小花、ずっと、こうしていていい?」 「うん」とか言いつつ、むしろ、温かくて心地いいから、こうしていたいのは俺の方だ。 「今日、小花の家に泊まってもいい?」 「それは……」 どうなんだ。 ようやく両思いになって、つき合いたてで。 泊まるって、まったく想像がつかない。 日中に聞いてみたらいいんだろうか。 真面目なことを考えていたら、頭の上で笑われた。 日中もよく笑う日だ。 「無理しなくていいよ。僕が勝手に舞い上がってるだけだから」 「ね」と念押ししつつ、日中は体を離した。 せっかくくっつけたのに、ぽっかりと距離ができて無性に淋しくなる。 温かさを体験した後で、知らない振りはできない。 「日中」 俺は日中のブレザーの裾を掴んだ。 さすがに手を繋ぐことはハードルが高すぎたからだ。 「小花、どうしたの?」 「うち、泊まってけば」 「いいの?」 「うん。それと、もうちょっとだけ、日中とくっついていたいなって……」 恥ずかしくて顔が見られない。 言葉も小さく消えそうで、すごい緊張してる。 顎から上の日中の顔は、呆れているかもしれない。 お前、何言ってんの? そう言いたいのは、一番、俺自身だ。 「小花、ちょっと、それ、反則」 「ダメか?」欲張りすぎたか。 「ダメじゃないよ。ほら、おいで」 日中は腕を広げている。 俺から抱きつくのを待っている。 「おいで」なんて、甘やかされている自分に気づいて恥ずかしくなる。 だとしても、好きな人と、くっつけるなら何でもいい。 俺は全身で日中に抱きついた。 「やばい、幸せだ」 日中がそんなこと言うから、「俺だって」と言い返してやった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

80人が本棚に入れています
本棚に追加