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2【笑顔の王子】
日中の笑顔は素敵だ!
カーテンを開けて、日の光のなかでほほえまれたら、「抱いて!」と叫んでしまうかもしれない!
実際、毎朝起こしに来てくれるから、その笑顔を何回も見ているはずだ。
けれど、朝は眠すぎるから頭が働かないし、目が開いているのかも定かではない。
気づいたら日中の横で登校していたりする。
歩いている途中で俺が「日中、おはよう」と言うから、「まだ寝てたの?」と苦笑される。
苦笑ですら、朝から潤いをめぐんでくれるのだから、まさに笑顔の王子だ。
でもいつか、日の光のなかでほほえむ日中を見てみたい。
きっとバカな俺の「抱いて」発言に「何言ってるの」と返してくれる。あとは素敵に苦笑してくれるはずだ。
朝の潤いを十分にいただいて、俺は授業にのぞむ。
同じクラスであることに感謝しながら、いつもの優しい日中をこっそりと観察する。
ああ、今日も日中は優しかった。
ペンを拾ってもらった女子は日中の笑みにとろけていた。
お昼だなあとボーッとしていたら、ある女子に呼びかけられた。
名前を知らない女子は、茶色い髪の毛を胸の辺りでくるくる巻いている。
目元もはっきりしていて、瞼のグラデーションも素敵だ。
とっても美しさを追求している女子だった。
「ちょっと、来てくれる?」
「いいけど」
日中の横にいるとたまにこういう呼び出しはあった。
大体が貢ぎ物を渡してほしいと言うのだが、俺はいつも断った。
食べ物は渡すのを忘れたときに困るし(かつて学校に置き忘れた事例がある)、手紙は落としてしまうこともある。
あとは、連絡先を教えろというのもあったが、俺は忘れっぽい。
よくスマートフォンという機器を携帯していないことがあった。
相手の番号を暗記できるような頭もなく、忘れてきたと説明すると、嘘つきだと言われた。
だが、ないものはない。
結局、時間切れで相手が根負けするという感じだった。
しかし、素敵な女子は、俺とふたりきりになるなり、般若になった。
空き教室にふたりきりだと本性をむき出しにできる性格なのかもしれない。
「何であんたみたいのが日中くんの横にいるんだよ! バカで運動音痴、顔も全然だし、何で!」
彼女の質問は俺も何でなのか聞きたかった。
気づいたら一緒だし、劣等感もないほどに日中はすごかった。
確かに今みたいにほんの少しは嫌な気持ちになっても、日中の笑顔を見てしまえば、すべて許せてしまう。
素敵な女子もそうではないのだろうか。
「素敵な女子さ」
「素敵な女子って、まさかわたし?」
「ああ。名前がわからないから」
「それ、やめて。百合本でいいから」
何だか、素敵な女子は顔を赤らめていた。よくわからないが、照れているらしい。変だ。
「百合本ね。わかった。で、日中は優しいだろ?」
「そ、それが何!」
「だから、優しいのが日中のいいところなんだ。俺みたいに取り柄がなくたって、自分の利益で相手を判断しない。何より、笑顔がいい。あの笑顔はすべてをうやむやにする。俺でさえ、『抱いて』と言いたくなってしまうんだから」
「……わかるよ。わたしもそうだし。前は黒髪でさ、メイクひとつもできなくて、でも、そんなわたしにも日中くんは笑顔であいさつしてくれた。だから、少しは近づきたくてメイクやファッションを勉強した。努力したんだ。それなのに、あんたは親友ってだけで何の努力もしないで一緒にいられる。だから、ひとこと言ってやりたくて」
「そうか」
「日中くんの親友でいられるのって、すごい特別なんだから。ありがたく思いなさいよ」
努力しなくても日中のそばにいられる俺は、かなりしあわせなのだと、百合本は言う。
親友になりたくてなれるわけではない。
本当に、俺はラッキーだと思う。
百合本は感情豊かで、頬に涙の筋を作る。
「わかった。この親友って位置、大切にする」
「でも、『抱いて』って言わないほうがいいよ。あんたの口から聞くと、マジっぽくてかなりやばいから」
いや、マジだけど。とは百合本を引かせるだけなのでやめておいた。
百合本は涙を拭きながら、不器用に笑う。
きつい印象の目元が笑うと垂れ下がって、可愛らしく見えた。
「あー、何かすっきりした。あんたのこと殺したかったけど、もういいや。日中くんにはあんたみたいなバカも必要なんだ」
「バカって」
「だってバカでしょ。自分の気持ちに気づかないんだから」
百合本はそう言って、空き教室から去っていった。残された俺は何のことやらまったく理解できなかった。
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